INTERVIEW 馬主インタビュー (有)キャロットファーム 代表代理 永島一樹氏

取材・構成:赤見千尋

ブリーダーズカップディスタフ勝利、おめでとうございます! 早め先頭から劇的な勝利でしたね。

 ありがとうございます。後方から進めるのは当初からの作戦通りでしたが、実況にもあったように前半のペースはかなり速かったですね。そういった流れの中で3コーナーから馬なりで楽に進出して、4コーナーで先頭に立つ姿を見たときには、正直、鳥肌が立ちました。G1を四つも勝って5連勝中だったレトルースカや、3歳牝馬でG1を3勝しているマラサートを筆頭とする北米ダート牝馬路線の強豪相手に4コーナー先頭ですからね。ゴールが近づくにつれ、ひょっとしたらという気持ちがわいてきて、ゴール手前では2着馬が内から迫って来たので、「なんとかしのいでくれ」と。私は現地ではなく日本で映像を見ていたのですが、ゴールの角度が少し斜めで、はっきりと勝ったとはわからなかったです。でも、「何とか残していてほしい」という感じでした。

日本調教馬、日本産馬として、アメリカのダートでブリーダーズカップを勝つというのは歴史的な快挙です。どの辺りで実感されましたか?

マルシュロレーヌのブリーダーズカップディスタフ優勝記念品。

マルシュロレーヌのブリーダーズカップディスタフ優勝記念品。

 レース直後は現実と乖離しているような感じでしたが、レースリプレイを見たり、お祝いの電話やメールをいただいたりして、じわーっと現実と繋がっていったイメージです。だんだんと実感がわいてきて、どえらいことを成し遂げてくれたんだなと。もちろん挑戦するからには勝つことを目標にしているわけですが、日本馬が何度も挑戦して跳ね返されてきた北米ダートG1という舞台で、近年稀に見るほどメンバーも揃っていましたし、何といってもマルシュロレーヌにとっては初めての海外遠征でしたからね。そこであれだけのパフォーマンスをしてくれたというのは、本当にすごいことだと思います。

日本の競馬ファンの方々も大盛り上がりでしたが、現地アメリカではどんな雰囲気だったのでしょうか?

 現地に行った社員の話では、一瞬「ん…?」という雰囲気があったようです。マルシュロレーヌは国際グレードのレースを勝っておらず、実際に当日も人気薄でしたからね。Jpnは国際グレードではないですから、国際的な肩書きとしては平安ステークスの3着が最上位ですよね。アメリカの関係者やファンにとっては、これまで北米の馬たちが勝ち続けて来たディスタフの歴史で、初めて他国の馬に勝利を持って行かれたわけです。それでも勝者を称えるのがアメリカらしいというか、日本人だとわかると「おめでとう」と声を掛けられて嬉しかったと話していました。

初めての海外遠征で、現地でのマルシュロレーヌはどんな様子だったのでしょうか?

 同じ矢作厩舎のラヴズオンリーユーと一緒に行けたことがとても大きかったと思います。それから現地で手配していただいた“ラコくん”というポニーがいて、その2頭の存在のお陰で初めての場所でも全くうろたえることなく、カイバもしっかり食べて、調教も思い通りにできたのではないかと。ラヴズオンリーユーとラコくんには感謝してもしきれません。

マルシュロレーヌ自身の精神力もすごいですね。

(有)キャロットファーム 代表代理 永島一樹氏 01

 もちろん、馬自体のハートの強さというのも大きいですね。マルシュロレーヌにはたくさんの長所がありますが、その中でも“逆境に強い”という特徴があると感じます。そこはお父さんがオルフェーヴルですから、苦しい環境にも強い、並外れた精神力の強さを継いでいるのではないでしょうか。お母さんのヴィートマルシェはうちの所属馬で卒業生なのですが、成績自体は9戦1勝と目立ったものはありませんでした。でも、そのお母さんがキョウエイマーチで、どろんこ馬場の桜花賞であれだけ強い勝ち方をした馬ですから、パワーとスピードの双方を持ち合わせている。そういう血を引いている馬ですから、母としていい仔を産んでくれるのではという期待をもって牧場にお返ししました。ちなみにヴィートマルシェの仔はキャロットクラブで7頭募集させていただいていますが、お陰様でその全てが勝ち上がっているんです。ここまでの実績からも内包する能力の高さを確実に子供へ継承できる牝系だけに、今後マルシュロレーヌが引退後にお母さんということになれば、また子供の誕生がとても楽しみになりますね。

ブリーダーズカップに挑戦するというのは、いつ頃から意識していたのでしょうか?

 2021年の帝王賞やその前年のJBCレディスクラシックは敗れており、日本のダートでトップに立ったという状況ではありませんでした。しかし、2021年の夏過ぎぐらいに矢作先生から遠征の提案を受けました。ダート一辺倒では難しく、時計の速い芝もこなせる馬でないとスピードを要求される本場のダート競馬では太刀打ちできないということはわかっていましたから、芝2000mで1分57秒台の持ち時計がある本馬であれば可能性を見出せるのではないかと。それだけにその提案に対して拒否するという選択肢はありませんでした。

 それに一番大きな理由は距離にこだわったことですね。2021年のJBCレディスクラシックが金沢1500mでしたから、小回りの1500mではちょっと忙しいなと。ならば本場のブリーダーズカップで1800mに挑戦する方が、マルシュロレーヌには適性が高いのではないかと考えました。

キャロットクラブさんは以前から積極的に海外にチャレンジする印象が強いです。海外遠征する意義というのは、どうお考えですか?

 幸いなことに初期のシーザリオやハットトリックで好結果を収めることができました。それが次世代に繋がっているという意識が強いですから、今後もどんどん推し進めていきたいと考えています。海外に行くのはその馬の適性を重視して、可能性を最大限に広げてあげることだと思っています。日本の場合はトラックコースで馬場がきっちり整備されていますが、海外は芝でもダートでもコースがタフだったり質が違ったり、そういうところに適性を見出せる馬もいます。

 例えば2019年にオーストラリアに遠征したクルーガーは、2017年の富士Sで不良馬場の中人気薄で3着になりました。その走りを見て、4月のシドニーは馬場が重くなる傾向にあるので、その時期に開催されるドンカスターマイルやクイーンエリザベスSの舞台は合うのではないかと。結果勝つことはできませんでしたが、クイーンエリザベスSでは歴代最強牝馬と言われたウィンクスの2着になりました。日本には賞金の高いレースがありますが、数は限られているわけで、海外に目を向けるとあらゆるところに高額賞金のレースがあります。そこで結果を出せば、賞金を稼いで会員さんに還元することもできる、そういう部分も目的の一つです。

 それから、牝馬なら牧場に帰って繁殖に、という流れがありますが、牡馬の場合、国内で種牡馬になるというのは本当に狭き門なんです。海外に遠征に行くと、そこでの走りを見た方からお声が掛かることもあって、実際にクルーガーは種牡馬としてトルコからお声が掛かりましたし、コーフィールドCを勝ったメールドグラースもトルコへ、香港国際競走で活躍したステファノスやネオリアリズムは南半球から引き合いがありました。海外遠征というのは、将来的なことも含めて、その馬の可能性を最大限に広げてあげることだとも考えています。

マルシュロレーヌはサウジCで引退の予定と発表されました。

 登録は済ませましたので、今は向こうから招待状が届くかどうかというところです。選出されれば行かせていただいて、そこを引退レースにする予定です。(2022年1月17日、サウジカップの招待受諾)

中央・地方問わずたくさんのファンの方々が応援しています。ぜひファンの皆さまにメッセージをお願い致します。

(有)キャロットファーム 代表代理 永島一樹氏 02

 いつも応援していただき、ありがとうございます。マルシュロレーヌのブリーダーズカップディスタフ制覇という快挙は、馬自身はもちろん、矢作厩舎の皆さま、牧場スタッフの皆さま、開催運営のBC社の皆さまをはじめとするかかわりのある方々が最大限の力を尽くしてくれたからこその勝利であり、何か一つでも欠けたら成しえなかったと思います。心から感謝しています。そして、競馬はファンの皆さまがいてこそ成り立つものであり、応援していただいてこその競馬です。ファンの皆さまにも心より感謝致します。このコロナ渦の中で暗いニュースも多いですが、マルシュロレーヌの走り、そして勝利でたくさんの方に喜んでいただけたら嬉しいです。

(文中敬称略)

2022年2月10日掲載