~注目レースを関係者の声から振り返り、新しい「道」へ~
文:井上オークス
リケアカプチーノ(東北優駿)
2023年8月、北海道市場でサマーセールが開催された。この年は上場馬が1368頭で、売却率は78.1%、平均価格は約700万円(税抜)という活発なセリとなった。そんななかで、浦河の金石牧場で生を受けたトランセンド産駒の牡馬「ブラウンテヌート2022」は、稲場澄オーナーによって150万円(税抜)で落札された。
高知から岩手に移籍し東北優駿制覇
のちにリケアカプチーノという名を授けられ、高知の田中守厩舎へ入厩。2024年7月にデビュー戦を圧勝し、その後も準重賞と重賞で好走を重ねた。田中調教師は言う。
「すごく素直で、手のかからない馬。よく走るし、おとなしくて乗りやすい。ああいう馬が一番いいですね」
暮れに1800mの満天星特別(高知)を差し切って勝ったとき、手綱を取った赤岡修次騎手はこんな談話を残している。
「長い距離はいいかもしれないです」
2025年1月、明け3歳のリケアカプチーノは、1600mの土佐水木特別(高知)を圧勝。2月には1700mのスプリングカップ(名古屋)に挑んだが、初遠征の影響か物見が激しく、力を出し切ることができず2着に敗れた。
4月、1600mの仙台屋桜特別(高知)では中団の内でレースを進め、向正面から長くいい脚を使って差し切り勝ち。高知では、このレースをステップに三冠レースへ向かうのがセオリーとなっている。また、かなりの出世レースでもある。2024年の高知三冠馬・プリフロオールインも仙台屋桜特別の勝ち馬だ。
ところがリケアカプチーノは、高知の三冠路線には進まず、岩手の菅原勲厩舎へ移籍することになった。同じ田中厩舎に所属するジュゲムーンという大器の存在が、リケアカプチーノにターニングポイントをもたらした。
移籍初戦は5月、1800mのダイヤモンドカップ(盛岡)。内の4番手でレースを進めたリケアカプチーノは、直線で懸命に脚を伸ばして2着に入った。このときの勝ち馬・大井のシーソーゲームが6月の東京ダービーJpnIで3着に食い込んだことで、おのずとリケアカプチーノの評価が上がった。実際、リケアカプチーノは2000mの東北優駿(水沢)を圧勝した。手綱を取った吉原寛人騎手は今後のことも考えて、緩い競馬ではなく力を出し切るようなレースを試みたという。結果は「早めに仕掛けたけど最後までバテなかった」
「スタートがいまひとつで行き脚がつかなかったのですが、必ず差してくれると信じていたので、勝負しに行きました。流れの速いところを攻めて乗りましたけど、最後までよく辛抱してくれました」
みちのく大賞典史上初の快挙
6月中旬、筆者は高知で吉原騎手と顔を合わせた。全国を飛び回る金沢の名手に、今後の予定を訊ねると――。
「みちのく大賞典にリケアカプチーノが出走するので、水沢に乗りに行きます」
えっ。筆者は激しく驚いた。岩手の歴史ある古馬重賞に、3歳馬がチャレンジするなんて……!
6月29日、水沢競馬場。第53回一條記念みちのく大賞典。ダート2000mの良馬場を舞台に、前年覇者のヒロシクンが軽快な逃げを打った。リケアカプチーノはダッシュよく2番手を追走。2周目の向正面半ば過ぎからこの2頭と後続の差がじわじわ開いていく。3~4コーナー、リケアカプチーノがヒロシクンに馬体を併せると、鬼気迫る一騎打ちが繰り広げられた。結果はハナ差で、リケアカプチーノの勝利。みちのく大賞典史上初めて、3歳の覇者が誕生した。
吉原寛人騎手は言う。
「ヒロシクンが相手だと思って、徹底マークで行きました」
菅原調教師は言う。
「4コーナーで『勝った』と思ったけど、ヒロシクンがしぶとくてハラハラしました(笑)。まだ古馬には勝てないと思っていたので、今回は胸を借りるつもりでした。想像以上に強い馬ですね。それに、馬が東北優駿のあとにガラッと成長したんです。今は調教を見ても“本当のオープン馬の動きだな”と感じます」
高知競馬では1999年から2014年にかけて、サラブレッドの2歳新馬戦が組まれていなかった。どん底の経営状況から立ち直り、ほんの10年前に新馬戦が復活したばかり。それが今では、高知デビュー馬が他地区に移籍してクラシックを制し、伝統の古馬重賞をも勝利し、“高知競馬はレベルが高い”と言われている。なんだか狐につままれたような気分だ。
不来方賞でさらなる高みへ
赤岡騎手の「長い距離はいいかも」という感覚はドンピシャだった。田中調教師の「高知の深い馬場で鍛えてるんやから、岩手の軽い馬場は走りやすいと思いますよ」という見解もストンと腑に落ちる。
リケアカプチーノは、9月2日に開催される不来方賞JpnIIに出走する。盛岡競馬場の2000mを舞台に、どんな走りを見せてくれるのだろう。距離適性や馬場適性、成長力や高知デビュー馬だからこその武器が生かされますように。
なお、やまびこ賞(盛岡)を制して不来方賞JpnIIに挑むサンロックンロール(菅原勲厩舎)もサマーセールの出身で、落札価格は110万円(税抜)だった。まだまだ競馬には夢がある。
写真:いちかんぽ
PROFILE
井上オークス
(いのうえ おーくす)
旅打ち競馬ライター。優駿、スポニチ、Number、うまレター、Web Furlong等に寄稿。グリーンチャンネル『地方競馬中継』や『アタック!地方競馬』等に出演。KKベストセラーズより『いま、賭けにゆきます』『馬酔い放浪記』を出版。