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笠松競馬・再開


クローズアップ

2021.9.15 (水)

笠松競馬は1月12日に今年最初の開催が終わり、しかし続く1月19日からの開催は初日から3日分の枠順が発表されたものの、その初日に開催が取り止め。その日から長く続いた「開催自粛」。それは9月8日からの再開でピリオドを打たれることが、8月4日に発表された。

しかし自粛期間中でも現場では再開を前提に準備が続けられていた。6月には2歳馬の能力試験が行われ、騎手や厩務員は競馬開催がない状況でも、日々の運動や手入れに汗を流した。そして8月9日から4日間の日程で「開催演習」を実施。主催者から再開に向けて在厩馬を減らさないための資金的な補助が出ていたこともあって、開催演習は初日からの3日間が12レース制、最終日は11レース制で行われた。

その開催演習は本番さながらで、レース実況、パドック解説、さらには場内映像や音声も含めて以前と同じ。ファンファーレも久々に鳴り響いた。

その準備を経て迎えた9月8日。午前10時50分に開始される再開セレモニーには、テレビ局5社、新聞社8社を含む、およそ40名の報道関係者が来場した。その模様はインターネットで配信され、笠松競馬の管理者である岐阜県副知事の河合孝憲氏が、再開への第一声を発した。

その様子をスタンドで見守っていたのが岐阜県知事の古田肇氏。「時間はかかりましたが、まずは再開できてよかったと思います。でもスタートですから。失った信頼を取り戻すのは大変ですが、関係者一同がこれから積み重ねて、しっかりと進めていければと思います。無観客ではありますが、馬たちが躍動しているのを見て、やっぱりいいものだなあと思いました。早くファンの皆さんにも見てもらえるようになれば」と話した。

ちなみに古田知事は、2005年に笠松競馬場で行われた「オグリキャップ里帰り」のときにも来場していたとのこと。「伝統ある競馬場ですから」という言葉もあった。

セレモニーの終盤には第1レースに出走する10頭がパドックで周回を開始。それ以後は見慣れた笠松競馬の風景で、見ている分には8か月のブランクがあるようには感じられなかった。

そのなかで見られた以前と違う点は、愛知所属の騎手が多く参戦していたことと、馬体重の変動が激しい馬が多くみられたことがまず挙げられる。

愛知所属騎手の多さは、笠松競馬を行う上で必要なこと。再開の時点における笠松所属の騎手は9名だから、愛知所属の騎手の協力がなければレースの実施は不可能だ。ちなみに9月3日時点での在厩馬は435頭。所属調教師は15名で、厩務員は87名。岐阜県調騎会会長の後藤正義調教師は「騎乗できる厩務員もいますので、運動量を維持できるようにしています」と話していたが、演習競馬があったとはいえ大半の出走馬は実質的に休養明け。パドックの見た目だけでも馬体重の増減の数字が示すとおり、仕上げに苦労している馬が多くいたであろうことが窺えた。

再開初日の第1レースが代表例のひとつで、出走10頭のうち馬体重が前走(開催演習を除く)と比べて2ケタの変動があった馬が7頭。レースはマイナス2㎏で登場したトゥルーグリットが単勝1.2倍の支持に応えて差し切ったが、渡辺竜也騎手は「馬がなかなか動いてくれなくて、自分のイメージ通りの競馬にはならなかったです」と振り返った。

それでもこれまで当たり前だった日常が戻ったのは確か。それは専門紙を作る人たちも同様だ。競馬エースの竹中嘉康さんは、「8か月の間は会社が名古屋の手伝いをさせてくれたり、新聞を配送させてくれたり。でも何もすることがないという感じでしたね。調教はときどき見に来ましたが、時計を取るわけでもないし、何のために見ているのかと思うこともありました。でも再開されることになって、久しぶりに深夜の1鞍目から調教を見て新聞を作って、疲れましたけれど心地よい疲れです。新聞の作りかたは体が覚えていましたね。一応、再開に向けて週に1度は午前1時に起きるとか、そういう準備はしていましたが」

と笑顔。「今まで以上に売り上げが良くなるように、主催者さんにはいろいろとチャレンジしてほしいと思います。せっかくの“新生”なんですから」とも話した。

今回の“新生”を機に変えたものもある。「新しい笠松をアピールしたい」という主催者からの要望で、一般競走と重賞競走のファンファーレが新たに作られたのだ。さらに馬場入場と締め切り前の音楽、締め切り時のチャイム音も変更。“笠松競馬の音”が身に沁みついているファンは、しばらく戸惑うことになるのかもしれない。

それに該当するであろうという人が、再開初日の笠松競馬場に来場していた。その数は正午頃の時点でおよそ10名。駅に近い正門の警備員さんは「緊急事態宣言中だからと説明して、申し訳ないけれども帰っていただきました。見た感じ、地元の人だったと思います」

とのこと。昨年からいろいろなことが起こったが、笠松競馬をスタンドで見て、そして楽しみたいと待ち焦がれている人はたくさんいるのだ。

その思いに応えていくのは競馬関係者の責務。大原浩司騎手会長は、「今回の件はファンを裏切ってしまったことになります。二度とこのようなことを起こさないようにという思いです。厩舎間での勉強会や定期的に行われる研修会で、その意識を保つようにする、それが全てだと思います」と話し、後藤調教師は「やっと競馬が開催できて本当によかったと思うのですが、信用第一の公営競技に傷をつけてしまったことに対しては、申し訳ありませんという思いしかありません。これからはお互いに声をかけあって、しっかりと規律を守るように。これからも馬に向き合って、まっすぐに頑張っていきたいです」と、気を引き締めた。

デビューから間もない若手も思いは同じだ。昨年4月デビューの深沢杏花騎手は、「8か月ぶりの競馬で不安な気持ちと楽しみに思う気持ちの両方がありました。自粛期間中は笠松が廃止になったらどうしようと思いましたし、攻め馬をしていても『何のために』と考えたこともありました。今日はレースの感覚をすっかり忘れていた感じで、技術が下がっていると実感させられました。それでもたくさん乗せていただけて、感謝の思いしかありません」

と神妙な表情でコメント。それでも競馬に乗れた喜びで、ときおり笑顔を見せていた。

深沢騎手の言葉のとおり、実戦感覚を戻していくのは各騎手にとって課題のひとつといえるだろう。開催初日は愛知所属の騎手が6勝。一概には言えないが、昨年は132勝を挙げた渡邊竜也騎手が「開催演習とは違う雰囲気がありました。久しぶりの競馬は、自分が思っている感覚と乗ったときとの感覚があまりにも違っていて……」というのだから、多くの出走馬と同じように、笠松所属の騎手にも“休み明け”の影響があったようだ。

それでも笠松競馬は続いていく。調整ルームの監視カメラは増設され、各騎手はレースの合間に金属探知機での検査を受ける形にもなった。再開初日の馬券発売額は、前年の同日比では71.3%という数字だったが、金額にすると2億7654万1600円。2日目は3億977万5800円、3日目は4億929万5600円と増加していった。

この数字は全国からの期待があることの証明。“新生・笠松競馬”はその気持ちを裏切ることなく、これまで以上に熱いレースを見せてほしいものだ。

そしてファンが場内に入れるようになったときが、新しい笠松競馬の第2幕。渡邊騎手は「もともとファンとの距離が近い競馬場ですが、これからはもっとファンサービスができる競馬場にしていきたいと思います。そして、笠松で乗ってみたいと思ってくれる騎手が増えるような競馬場にしたいです」

と、今後に向けての希望を寄せた。

名馬・名手の里、笠松競馬。4コーナーの奥にある「好きです!笠松競馬」の看板は、以前と変わりなく輝いている。

浅野靖典

写真 いちかんぽ