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BCディスタフ覇者マルシュロレーヌの軌跡


クローズアップ

2022.06.10 (金)

NARグランプリ2021特別表彰馬受賞記念企画

オーナーの(有)キャロットファーム
 秋田博章代表へインタビュー

地方競馬で行われた4つのダートグレード競走を制したのち、アメリカのデルマー競馬場で行われたブリーダーズカップディスタフで日本調教馬史上初となる海外ダートG1制覇を成し遂げたマルシュロレーヌ。同馬がNARグランプリ2021の特別表彰馬を受賞したことを記念して、オーナーである有限会社キャロットファームの秋田博章代表取締役へインタビューを行いました。インタビュアーは、NARグランプリ2021優秀馬選定委員会の選定委員である矢野吉彦氏です。
【なお、このインタビューは、新型コロナウイルス感染状況への配慮から5月中旬に行われました。】

(有)キャロットファームの秋田博章代表(左)と矢野吉彦氏(右)

――はじめに、生産段階でのマルシュロレーヌの配合は、どういう意図を持って行われたのかをお伺いします。

秋田:私が答えることではないかもしれませんが、母はヴィートマルシェ、母の父はフレンチデピュティですね。母系にサンデー系が入っていないということがまずは大きいと思います。それでオルフェーヴルが配合されたかと。

――そのような血統背景を持つマルシュロレーヌに、当初はどのような活躍を望んでいましたか?

秋田:祖母キョウエイマーチのようなたくましい身体、スピードに富んだ走りはもちろんですが、父オルフェーヴル譲りのスピードの持続力を併せ持つことで、マイルを中心に2000mくらいまでの芝で活躍してくれるのではないかと思っていました。

――芝では3勝。2020年の8月までは芝を使って、そこからダートへ転向しました。そのきっかけは?先のほうの目標を定めた上でのローテーションだったのでしょうか?

秋田:いや、そんな遠くは見ていないですよ。たしかに芝で3勝しましたが、上のクラスに行くとその条件では善戦こそするものの勝ち切ることは難しそうだなと感じていました。そのような中で矢作調教師がダートを使ってみたいと。

――それが桜島ステークスですね。いきなり最初に使ったダート戦で勝つというのはなかなか大変ですよね?

秋田:それでも、矢作さんはもっと早くダートを使うべきだったと話していましたね。

――その後、地方のダートグレード競走に向かっていったわけですね。

秋田:それも調教師の提案が大きかったと思います。

――芝で今ひとつだったのが、ダートを使い始めてパッと視界が開けたというような感じ、ですか?

秋田:そうですね。矢作さんは芝でもダートでも、オープンまで行く力がある馬であれば、もっと上のほうを見ていますからね。一つ勝ったらもう一段上、という感じで。また、地方のほうがやや砂が深いところがあり、それがあの馬に向いたんじゃないかと。
芝が全くダメだったわけじゃないですから、もう少し芝のレースを使っていってもよかったかもしれませんが、上を目指すのであれば“一発回答”を出してくれたダートに専念したほうがいいですよね。

――1600から2000メートルぐらいのスピード能力と、おばあさん譲りのたくましさ、さらにダート適性というか、砂の深いところも大丈夫というパワー、それらが見事にマッチした?

秋田:そうですね。オルフェーヴルの父のステイゴールドというのは不思議な馬で、例えば重馬場で他馬がひるんでしまうところでもひるまずに進んでいく。それがステイゴールド、そしてオルフェーヴルの特長なんです。砂が深いダートでも我慢してこなしきれるマルシュロレーヌの走りを見ると、そういった特長が遺伝しているのかもしれないですね。

初のダートグレード競走挑戦となったレディスプレリュード(JpnII)を制す

――ブリーダーズカップ遠征を目指し始めたのは?

秋田:矢作さんから初めに聞いたのは、ラヴズオンリーユーでブリーダーズカップに向かいたい、という話です。当初はあれだけの頭数(総勢7頭)がブリーダーズカップに行くってことは想定してなかったと思うんですよね。そういった中で、マルシュロレーヌが行くことになれば、双方にとってプラスになるという話もありました。やっぱり帯同というか、一緒に行く馬がいると、調教はやりやすく、何より馬が落ち着きますしね。
マルシュロレーヌは、門別のブリーダーズゴールドカップを勝ったら遠征を行うという考えがあったと思います。ただ、勝ってから事を始めたのでは間に合わないというか、前もって準備はしておかなければならなかった。海外遠征の準備には、けっこう時間かかるんですよ。飛行機輸送から現地での滞在中をどうしたらいいかっていうことまでひっくるめて、しっかり計画を練るんです。そういう計画は、できるだけ早くに立てたほうがいいということはありました。

――その手はずを整えるのには、やっぱり3カ月、4カ月ぐらいかかるんですか?

秋田:最低でも2カ月は必要ですね。時には急きょ行くこともありますが。

――遠征馬に人が付いていった後、こちら(日本)のほうをどうするかっていうやりくりも必要になってくる?

秋田:そうですね。

ブリーダーズゴールドカップ(JpnIII)を制し、いざアメリカへ

――現地滞在からレースに至るまでは順調だったんでしょうか?想定外のことはありましたか?

秋田:コロナ禍の中で、思いどおりに飛行機の輸送ができるかどうか、わからないっていう問題があったんですよ。当初は10月27日に成田発でロサンゼルスに行く予定だったんです。ところが、その便がスクラッチ(欠航)になってしまって。それで10月22日か29日のいずれかという選択を迫られる中で、22日を選択しました。この日に出国したのは、7頭の日本馬のうち、マルシュロレーヌとラヴズオンリーユーの2頭だけでした。あとの馬たちは29日に出発しました。レースは11月6日ですから、29日出発だと現地に着いてから1週間ちょっとしかありません。ロサンゼルス到着からデルマー競馬場までも数時間かかりますしね。そんなこともいろいろ考えて、早いほうにしたわけです。
マルシュロレーヌは、初遠征の牝馬。オルフェーヴルの仔ではありますが、非常に繊細なところがあったので、それはもう(現地での調整期間が)長いほうがいい、着いてから落ち着かせたほうがいいと思いました。
実際にマルシュロレーヌは現地に着いたあと食欲が落ちて毛艶が悪くなってしまい、皮膚病も出ました。その後も1週間ぐらいカイバ喰いが戻らなかったんです。ただ、11月2日前後には体調が戻り、追い切りもこなせるまでに持ち直しました。

――ほかの7頭のように29日発の便で飛んでいたら、食欲が戻らない可能性はあったんですね?

秋田:そうですね。一般的な話をすると海外遠征を経験している馬であれば、現地に着いてから10日間ぐらいあればいいと思うんです。ただ、牝馬で初遠征ともなると話は異なります。帯同した獣医師もそういうふうに言っていましたから。
その獣医師はいろんなところへ遠征して、馬を見ながらケアをしていくということを何度も経験しています。彼から情報がしょっちゅう入ってきて、体調が戻ってきたと聞いたときには、本当によかったなって思いました。

――勝負の分かれ目はそこだったんですね。

秋田:改めて振り返っても、当初予定していたフライトよりも早い便で現地入りできたことは、マルシュロレーヌにとって幸運だったなと感じています。

――準備の中にはジョッキーの手配もあったと思うんですけど、マーフィー騎手を起用したっていうのは?

秋田:矢作厩舎は彼が来日した際、けっこう乗せていたんですよね。彼は非常に気さくで、こちらの考えを理解してもらいやすいんです。国際レースの経験も豊かで、さまざまな引き出しを持っている。それで彼を起用することにしました。

――日本の芝のレースでは、とにかく末脚を考えて、トップスピードで走れる距離を考えて、そこをゴールから逆算して脚を使うような競馬をしていますが、むこうのダートは行くだけ行ってのサバイバルレースですよね。

秋田:そうですね。アメリカのダートはテンがとにかく速く、前に付けて残るというレースが多いですからね。それとは反対に、ディープインパクトみたいなレースをやってのけたのがゼニヤッタ。2009年のブリーダーズカップクラシックを見た時、「牝馬ながら馬格はあるし、後ろから進めてすべてを交わし去る。別格だな」と思いました。(今回の)マルシュロレーヌも、それと同じように、後ろから進めて勝利を収めました。キックバックもかなりあって、ひるんでしまう馬もいる中、父譲りの精神力の強さが申し分なく発揮されましたね。

ブリーダーズカップディスタフを制し、日本調教馬史上初となる海外ダートG1制覇の偉業を達成

――そういうことで言うと、大井、川崎、門別でダートグレード競走を勝った実績や、そこで深い砂の競馬に慣れた経験よりも、やっぱりマルシュロレーヌの持っている個性というか、馬の根性、気性というか、そういうものがあのレースに活かされたのでしょうか?

秋田:そうですね。矢作さんとは「将来、アメリカのダートを勝ちたいですね。でも、芝のスピードがあって、日本のダートもある程度走れる馬でないと勝てないでしょう。芝一辺倒だとか、“サンド”(砂=日本のダート)一辺倒では難しいよね」っていう話をしたことがあるんですよ。同じ考え方だなと。そういう意味では、オルフェーヴルは芝で、お母さんのフレンチデピュティはダートですね。それを融合してっていうね。

――それぞれの国のそれぞれの競馬場のダートに対する適性があるかどうか、なんですね。考えてみると、アメリカのダートで活躍した馬が日本に種馬として入ってきて、芝のスピード競馬で実績を積み重ねている。日本はパワーだけじゃなくてスピードも兼ね備えた馬を作っているということですよね。だったら、今の日本馬はもともとアメリカのダート競馬に適性があるんじゃないですか?

秋田:そういう考え方もできるでしょう。フレンチデピュティもそうですね。ひょっとしたら、今、日本が一番そういうアメリカの競馬に合うような馬を作っているのかもしれない。ヨーロッパじゃなくてね。
凱旋門賞を勝つということになると、それはまた別次元の話で。

――(ヨーロッパは)自然の中にラチを設置して作ったようなラフな馬場、コースですからね。

秋田:そういう放牧地のようなラフな馬場でも全力で走り、全力を出し切るのがステイゴールドですかね。代表的な産駒が、ナカヤマフェスタでしょうね。

――私は、凱旋門賞だけでなく、いろんな日本馬をあちこちに持って行ければいいなと思っているんです。思うのは勝手ですが、海外遠征ともなると我々がそう簡単に「行ってください」っていうわけにもいかないんで。やっぱり、そこはいろいろ大変なところがあるでしょうからね。

秋田:私のように“クラブ”の仕事をしていると、会員さんのことを考えなきゃいけないので。会員さんのリスクをできる限り軽減できるように、招待競走や手厚い補助が得られるところに絞って遠征させる、という考えがどうしても生まれますよね。
今回のマルシュロレーヌの場合、むこう(主催者)が出してくれる金額が、輸送費をひっくるめて日本以外の馬だと4万ドルだったんですけど、日本の馬は10万ドルということを聞いて、俄然やる気になりましたよね。

矢野吉彦氏と秋田博章代表

――それは確かに手厚いですね。

秋田:そうですね。日本で馬券を売りたいっていうことが根底にあったんだと思います。マルシュロレーヌのレースは馬券発売がありませんでしたが、将来的にやはり日本はそういうレースでも馬券を売ってくれるだろうと。そういう狙いが現地の主催者にはあったんでしょうね。やっぱり日本の競馬ファンっていうのはとても熱いですし、馬券もたくさん買いますしね。もう羨ましいんじゃないですかね、彼らからすると。

――(馬券発売の)実績を作っちゃいましたから。それに答えるっていうと変ですが、馬券が売れるように、やっぱり日本の馬があちこちに出て行かないといけないわけですね。

秋田:(去年のブリーダーズカップで日本馬が残した好成績は)かなり多くの関係者にとって自信になったはずです。今年のケンタッキーダービーにも日本馬が挑戦したように、いろんなところをトライしたいっていうふうになってきていると思いますね。適性があるかどうかを地方で試しながら持って行くとかね。おそらく試す人がいるでしょうね。

――本当におっしゃるとおりで、芝ばっかり使っていたのをダートで試したいという考えが出てくれば、それこそ地方のダートグレード競走が選択肢の中に入ってきて、それぞれの競走が充実したメンバーになっていく。そしてこれからは、あそこに出たメンバーが海外のこことここを勝ったよ、ということも起きてくるんですかね?

秋田:地方の交流競走には、(地方の)みなさんが頑張って賞金を上げてくれて、行きやすくなりました。馬主からすると、海外もそうですし、日本の競馬もそうですが、もちろん格もありますけれども、賞金あっての選択肢ですから。おそらく多くの馬主さんがそう思っているでしょうね。

――賞金が上がっているのは、ファンのみなさんが馬券を買ってくださっているおかげですが、地方競馬が元気になるのは、そういう面から言ってもいいことだと思います。それはそれとして、改めてマルシュロレーヌのアメリカダートのG1を優勝までを振り返ってのご感想は?

秋田:いやぁ、もう信じられない、本当に。先行馬が総崩れで、時計もずいぶんかかっているというなら別だけど、歴代5位の勝ち時計となると、まんざら展開だけでは片付けられないと思います。

――それほどの実力があった?

秋田:そういうことです。マルシュロレーヌは我々の想像を超える馬だったんですよ。

BCディスタフ優勝記念トロフィー

――今後、マルシュロレーヌには、当然ながらお母さんとしての期待がかかると思うんですけれども、最後にそのへんのところを。

秋田:ドレフォンを種付けしました。受胎も確認され、来年3月30日に出産予定です。このカップリングですと、当然アメリカ競馬が視野に入ってきますよね。

――ブリーダーズカップの“母仔制覇”ですか?

秋田:はい。ドレフォン産駒はかなり走っていますからね。最初はダートの短めのところに適性があると思っていたのですが、この春にはジオグリフが皐月賞を勝ちましたからね。そのほかにもいろいろなカテゴリーで勝ち馬を出しているあたりを見ると、繁殖牝馬の特徴を上手く引き出す種牡馬なんでしょう。それだけにマルシュロレーヌとの配合はとても夢が持てますね。

――思い通りに走ってくれる馬、その枠を超えて走ってくれる馬も当然いるわけですが、その中でもマルシュロレーヌは枠をかなり超えましたね。このような馬が出てくると、会員さんの期待も高まると思いますが?

秋田:当然ですね。

――ご苦労は絶えないけれども、逆に楽しみは多いかもしれない?

秋田:そう思います。

――今回はありがとうございました。1人のファンとして、マルシュロレーヌの仔が、お母さんと同じように地方から海外へ飛躍していくところも見てみたいと思います。

秋田:その時は、また応援をよろしくお願いします。

インタビュー場所:ノーザンファーム事務所

インタビュー・文 矢野吉彦

写真 浅野一行、いちかんぽ、NAR