早めの仕掛けで後続を引き離す
歓喜のゴールで念願のタイトル
園田・姫路競馬はかつて“アラブのメッカ”と呼ばれた。1999年にサラブレッドが導入されると、翌2000年に第1回園田ダービーを創設(06年から兵庫ダービー)。当初は勝ちたいレースに歴史ある重賞レースを挙げる騎手や調教師も多かったが、ここ10年ほどで「ダービーを勝ちたい」「オーナーと『この馬でダービーを獲りましょう』と意気込んでいる」という声を聞くようになった。
その中でもダービーに強い思いを抱いていた一人が橋本忠明調教師。今年からレース名を兵庫優駿へと変えたが、タイトルへの情熱は変わらなかった。
当地の3歳世代は当初、2歳時に重賞3勝を含む5戦無敗のマミエミモモタローが中心だったが、戦線離脱。代わって登場したのが2歳11月デビューから無敗で兵庫一冠目・菊水賞を制し、前走・西日本クラシックでも2着だったオーシンロクゼロと、今年1月デビューから6連勝中のウインディーパレスだった。人気もその2頭に集中し、ともに単勝2倍台。3番人気マルカイグアスは10.5倍で、大きく離れた。
しかし、レースは波乱の幕開けとなった。以前よりゲート内での駐立に課題のあったオーシンロクゼロが出遅れ、後方からとなってしまった。一方のウインディーパレスは押して2番手の外。互角のスタートを切ったマルカイグアスはペースが落ち着いたスタンド前でその直後につけると、向正面に入って一気にスパートをかけた。やや早めにも思えた仕掛けだったが、後続をあっという間に引き離すと、2着のウェラーマンに8馬身差をつけてゴール。その瞬間、馬上で鴨宮祥行騎手は「よっしゃあ!」と喜びの声を上げた。
兵庫優駿初制覇とあって、馬から降りると次々と騎手仲間からお祝いの声をかけられ、検量室は一気に華やいだ。そうした中、「あれ、先生は?」と同じく兵庫優駿初制覇となった橋本調教師を探した。師が遅れて姿を現すと、堅い握手を交わして喜びを分かち合った。
「兵庫優駿は引退するまでには勝ちたいレースと思っていました。2着は3回あり、早めに勝ちたかったです」
そう話した橋本調教師。先日引退が発表された厩舎の看板馬ジンギで4着に敗れた時(19年)は肩を落としていたが、奇しくもジンギと同じ担当厩務員での勝利で、「ジンギに続けるような馬に育てていきたいです」と目を輝かせた。
勝ち馬を清々しく称えながらも、今後について悩まし気な雰囲気だったのは、8着だったオーシンロクゼロ陣営。廣瀬航騎手は「ゲートの中でいつも以上にうるさくて、『スタートするならいま』というタイミングが一度もありませんでした。すみません」と話すと、玉垣光章調教師は「ゲート再検査となりました。どのタイミングで受検するかも含めて、うーん……」と考えながら厩舎へと歩いて行った。
師匠(小牧毅調教師)との初タイトルがかかっていたウインディーパレス(5着)の長谷部駿弥騎手は「ものすごくプレッシャーを感じていましたけど、レース前になるとふっと力が抜けました」と独特の感覚を味わったよう。レース後は長い間、パトロール映像を見ており、この経験は人馬ともに今後に生きるだろう。
取材・文大恵陽子
写真桂伸也(いちかんぽ)
Comment

橋本忠明調教師
ここまで成長を促しながらで、大一番まで余裕残しで使っていたところがありましたが、今日はきっちり仕上げてマイナス体重も予定通りでした。思っていた以上に強かったですが、まだ緩さがすごくあって精神的に幼い面もあり、もっと良くなると思います。この後は夏休みに入ります。







鴨宮祥行騎手
嬉しいです。ゲート練習の成果も出ていいスタートを切れましたが、(廣瀬)航さんが見えなかったので「おや?」と思っていました。レース前に(田中)学さんに会いに行くと「いい枠だから強気に行け」と言われたので、あの位置につけた時点でそうしようと考えていました。直線半ばでは勝つと思いました。