web furlong ウエブハロン

地方競馬のオンライン情報誌ウェブハロンPresented by National Association of Racing

Copyright(C) 1998-NAR.All Rights Reserved.


2025ワールドオールスタージョッキーズ


クローズアップ

2025年8月23日・24日 JRA札幌競馬場

本田騎手は初出場で6位
 悔しさを糧に雪辱誓う

今年のワールドオールスタージョッキーズ(WASJ)は本田正重騎手(船橋)が初出場。地方代表騎手選定競走である地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップで本戦初出場ながら第1戦を勝ち、最終戦前の暫定2位から逆転優勝で切符を掴んだ。

表彰台では、地方全国リーディング経験を持つ2位吉村智洋騎手(兵庫)、14年連続年間200勝記録を持つ3位赤岡修次騎手(高知)という名手に囲まれ、「僕でいいのかな」と代表の座の重みを感じていた。とはいえ、本田騎手もこれまで大仕事をやってのけている。2017年ジャパンダートダービーJpnIではヒガシウィルウィンで、23年浦和記念JpnIIはディクテオンで、ともに騎乗予定騎手の負傷により、本田騎手が初コンビを組んでしっかり勝利を収めた。

初の札幌で見せ場作った初日

WASJ前夜に行われたウェルカムセレモニーでは記者から何をアピールしたいか問われると、「僕自身の騎乗というより、普段JRAしか買っていない人たちに顔と名前を覚えてほしい」と淡々と答えた。その感情の振れ幅の少なさが、大舞台でも結果を残せるメンタルに繋がっているのだろう。WASJの至る場面でもそれは窺えた。

1日目はエキストラ騎乗6鞍を含む8戦に騎乗。その1鞍目となった札幌第2レースは初めての場所ということでパドックへの道が分からず、さらに途中でダート板を取りに戻りながらも焦りや戸惑いは全く見られず、「今日は(笹川)翼が応援に来るみたいです」とほほ笑んでレースへと向かった。

応援団には保園翔也騎手(浦和)も加わって見守る中、札幌初戦は10番人気ながら4着。「初めてのコースですが、まぁまぁ満足いく競馬ができました」と、いい滑り出しを見せると、第4レースでは7番人気馬で先手を取ると直線を向いても先頭。残り200メートルで、WASJ初出場でこれがJRA初勝利となったフランシスコ・ゴンサルベス騎手に交わされたが、2着に粘った。

第9レース・クローバー賞では地方コンビのベラジオソニック(北海道)が枠入りを嫌がった際に落ちたが、怪我などはなかった。

そうして迎えたWASJ第1戦(芝1200メートル)は、グループDのダイヤモンドフジに騎乗。イレ込みもあり出遅れ、「慌ててついていっても仕方ない」と後方待機から14着でのゴールとなった。

勝ったのはハートホイップと坂井瑠星騎手。昨年は大接戦の最終戦を勝っていれば総合優勝だったとあって、初戦から魅せた。

第2戦(芝2000メートル)はグループAのアイスグリーン。担当厩務員は兄が大井競馬場で厩務員をしているそうで、跨るとその話をしつつ、「序盤に押しすぎると引っ掛かるかもしれない」と癖を聞いた。そのため、道中はリズム重視で運んだが、手応えよく上がっていった4コーナーで前が詰まって追い出しを待たされるシーンがあり4着。

「4コーナーで前がゴチャついて……。スムーズならもう少し際どい勝負ができたかもしれません」と振り返った。

勝ったのはパトリックハンサムとトール・ハマーハンセン騎手。第4レースのゴンサルベス騎手に続き、JRA初騎乗日に初勝利を挙げた。その様子を見た本田騎手は「初めてのコースですぐに結果を出して、さすがだなと感じました」と、肌で感じた。

このあと最終レースにも騎乗し、1日目はエキストラ騎乗を含め4着、9着、2着、8着、8着、14着、4着、5着と見せ場あるレースも多かった。

2日目にJRA初勝利

この流れは翌日、いい形で引き継がれた。2日目の1鞍目となった札幌第1レース、デビュー2戦目で初ダートのマーゴットサンズで先行すると、抜群の手応えで直線抜け出して勝利。目標の一つでもあるJRA初勝利を挙げた。

記念すべき勝利を祝福したのは、南関東の先輩にもあたる戸崎圭太騎手。この日は第5レースからの騎乗予定だったが、調整ルームからわざわざ駆け付けて初勝利のプラカードを持った。さらに父が大井競馬の元騎手・坂井英光調教師の坂井瑠星騎手が志願してターフィー人形のプレゼンターを務めた。記念撮影には父が佐藤裕太厩舎(船橋)の厩務員で、「本田騎手は父の担当馬にもよく乗られています」というルーキー・舟山瑠泉騎手も収まるなど、南関東の絆を感じる瞬間となった。

その中心にいた本田騎手はというと、笑顔ではあるものの“喜び大爆発”という雰囲気ではなく、いい意味で感情が安定。もちろん嬉しい勝利には変わりなく、「ウィルシャイン(24年ローレル賞優勝)など地方でもお世話になっているオーナーの馬で勝ててよかったです」と喜んだ。「道中はリズム良く運べて、3コーナーくらいで『たぶん勝つな』と思い、包まれて動けなくなる前に外を回してスムーズな競馬にしようと思いました」という内容だった。

その後もWASJまで計5鞍のエキストラ騎乗。第4レースはゲート裏での輪乗りの時に左前肢跛行のため競走除外となったが、2歳新馬戦や第7レースでは4コーナーをいい脚で追い上げた。しかし、ともに後方からで4頭外を回らざるを得ず、9着と4着でWASJを迎えることとなった。

3着でも悔い残った最終戦

WASJ第3戦(ダート1700メートル)はグループCのグレイスオブゴッド。後方から運び、直線はジリジリと伸びて8着だった。勝ったのはベルギューンとハマーハンセン騎手。シリーズ2勝目となり、最終第4戦を待たずして総合優勝が決定。一方で、2位以下はポイント少差で、本田騎手も2着以内に入れば、他騎手の着順次第で表彰台の可能性が残されていた。

ところが、非常に悔しい結果が待ち受けていた。第4戦(芝1800メートル)で騎乗のジェットマグナムはグループBながら単勝3番人気に支持された実績馬。中団から運ぶと、3~4コーナーは抜群の手応えに見えた。4コーナーで前がやや詰まったが、本田騎手は焦らずに直線を待ってから進路を確保した。16年永森大智騎手(高知)の総合3位の決め手となった最終戦での勝利を彷彿とさせる差し脚を見せたが、僅かにクビ+ハナだけ届かず3着でフィニッシュした。

「今週、一番反省すべき騎乗です」

それまで感情を大きく表すことのなかった本田騎手が、何度も「悔しい」と口にした。その理由は直線での進路取り。

「前の馬が少し外に張っていて、その外に進路を取ってしまいました。あそこを内に行っていれば、勝てていたかも。着差が着差なだけに……」

勝っていれば、表彰台の可能性があったことも把握済み。2日間を通して見せ場たっぷりの騎乗をしたが、最後の最後に悔いが残った。

総合優勝はシリーズ2勝を挙げたハマーハンセン騎手で73点。イギリスやフランスなど様々な国での騎乗経験を持つ25歳。父レナート・ハマー・ハンセンも元騎手だ。父と友人というクリストフ・ルメール騎手からは来日にあたってアドバイスも受けたという。

2位は最終戦を勝って66点となったクレイグ・ウィリアムズ騎手、3位坂井瑠星騎手は40点で2年続けての銅メダルとなった。

本田騎手は32点で6位。「真ん中ですね」というのが率直な感想だったが、チーム戦では本田騎手のWAS選抜が勝った。

「表彰台を横から見て、いつか立ちたいと思いました。船橋でリーディングを獲って、また戻ってこられるよう技術を磨きたいです」

不動のリーディングだった森泰斗騎手引退により、地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップ初出場からWASJの舞台まで駆け上がった本田騎手。取材が一段落すると、ずっと待っていたファンの方を見て「サインしに行ってもいいですか?」とファンサービスに走った。レースの内外で、これからもファンを魅了することだろう。


取材・文大恵陽子

写真早川範雄(いちかんぽ)