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ディクテオンがコリアカップ制覇


地方移籍後の初タイトルが
 地方馬の海外ダート重賞初勝利

経験を積んだ韓国への挑戦

昨年のライトウォーリアに続き、今年の春にはユメノホノオがYTNカップに出走。今の韓国競馬は、地方所属馬が海外挑戦を目指す上で重要な選択肢となっている。今年のコリアカップG3にもディクテオンが選出され、韓国へと渡った。その経緯について、オーナーであるG1レーシングの担当者はこのように話す。

「帝王賞を使う以前から、すでに秋路線の進み方を模索していました。状態は非常に良く、スケジュール的にも、昨年ライトウォーリアが選定された実績があるコリアカップはどうだろうかとの話が挙がり、登録を行いました。まずは本馬も無事に選定されてホッとしましたね。(地全協の)補助金などで経費的な負担が少なく、賞金も魅力的だったことや、そして何より地方所属馬として奮闘する本馬に、まず1つ勲章を手にさせたいという理由により、関係者間で本格的な協議を行った結果、正式に招待を受諾するに至りました」

鞍上は矢野貴之騎手。ソウル競馬場では、2013年から5年間続いた大井と韓国馬事会(KRA)との交流競走で騎乗経験がある。

「なかなか無い機会だと思っているので、依頼をもらった時は素直に嬉しく思いましたし、気の引き締まる思いです。地方競馬、日本を代表して選んでいただいたので、恥ずかしくない競馬をしたいです」

管理する荒山勝徳調教師もまた、複数の管理馬を韓国との交流競走に出走させてきた。

「以前は、向こうも国際競走を作りたいと大井と交流をはじめたばかりで、あれもダメ、これもダメというのが凄かったんです。当時に比べると経験を積んで、だいぶ遠征しやすくなりました」

隣国への輸送に20時間

それでも全てが理想どおりとはならないのが海外遠征だ。8月上旬に牧場から帰厩し、27日に国内最終追い切りを済ませたディクテオンは、それから2日後に韓国へ向けて小林分厩舎の検疫厩舎を出発したのだが、出国は関西空港から。滞在先となるソウル競馬場に到着するまで20時間を要した。これだけハードな輸送となれば、馬体重を減らして現地で追い切りができなくなる可能性がある。荒山調教師は「内面はちょっとオーバーワークで、体は余裕を持たせて」と難しい調整を指示して対策を施した。ところが現地に着いてからのディクテオンは、初の海外輸送によるダメージはほとんどなく、現地での追い切りもしっかり消化した。

攻め馬を担当したのは藤田凌騎手。大井開催期間と重なるが、荒山調教師から「攻め馬パートナーとしていくか?」と声を掛けられると二つ返事で引き受けた。お世話になっている荒山調教師に協力したいという思いがあったからだという。そして、ディクテオンをこれ以上ない状態に仕上げると、荒山調教師にこう言ってきた。

「この状態で万が一負けるようなことがあれば、矢野騎手にどうやったらこの馬で負けたんですか、と聞いてみたいです」

それくらい順調に調整が進んでいたディクテオンだったが、1つだけ心配な点があった。それはレース前日までに何度も降った雨だ。ディクテオンはぬかるんだ馬場を得意としない。当日の朝、含水率16%の不良馬場と発表されると、荒山調教師は「このくらいだったら許容範囲であってほしいと思います」と本音をのぞかせた。それは矢野騎手も同じだった。

「砂質も違いますし、雨が降って路盤が固い感じなので、日本とは違う不良馬場なのかな。その辺は対応してくれるんじゃないかと期待しています」

午後4時を回り、レースに向けてパドックからコリアカップG3出走馬が続々と馬場入りを始めた。馬場の含水率は14%。多少は回復したが、それでも馬場は湿ったままだ。矢野騎手を背にスタート地点へ向かうディクテオンを見届けた仁岸尚昌厩務員は「あんまり気にならないかな、と矢野は言っていたけど……」と馬場の様子を気にしていた。それでもやれることは全てやったという思いもあった。「これで負けたら矢野騎手のせいですね」と声をかけられると「そうだね、馬も俺も頑張った」と笑顔を見せた。

歓喜の勝利に泣き笑い

スタンドから歓声が上がり、ゲートが開くと馬群は前後2つのグループに分かれていく。矢野騎手はスタートを決めたものの、馬のリズムを優先して後方集団の先頭でレースを進めた。そして、向正面で先行勢との差を縮めていき、射程圏に捉えると、最後の直線ではラムジェットとチェンチェングローリーの叩き合いに先行勢が脱落していく中、ディクテオンは1頭だけ違う脚色で迫っていき、やっとの思いで叩き合いを制したチェンチェングローリーに息をつかせることもなく差し切り、1馬身差をつけて勝利をもぎとったのだ。

表彰式後、荒山調教師、矢野騎手、藤田騎手が一同に会してインタビューが行われた。

「3角から勝てるんじゃないかとちょっと興奮して、直線は人間がバタバタしてしまいましたが、想像通りのレースで勝てることができて嬉しいです」

矢野騎手がそう話すと、荒山調教師は心配になった場面があったと話した。

「(4角で)意外と差が詰まらなかったのでこれはやばいかもと思っていたのですが、最後じりじり来た時には、かなり力が入ってテーブルを叩いていました」

そこへ矢野騎手から「(テーブル代を)弁償ですね」とツッコミが入る。するとまるでトリオ漫才のようなやりとりが始まった。「嬉しさよりもほっとしたというのが一番です」とゴール後の感想を答えた矢野騎手は続けてこう話した。

「攻め馬をしてくれた人が隣にいるんですけど、これで負けたら矢野さんのせいだと調教師やオーナーに吹いていたそうで、非常に緊張しました。勝ったところを見せられて……どうだ!」

その視線の先にいたのは藤田騎手だ。藤田騎手はしどろもどろになりながらも感想を聞かれると悔しい胸の内を明かした。

「次は僕が勝負服を着て表彰台に立てるように頑張ります」

その言葉にインタビューを綺麗にまとめようとする荒山調教師。

「凌は男気ですね。戻ったら馬を用意するのでしっかり結果を出してほしいなと思います」

ところが、ここで荒山調教師が泣いていたというタレコミが入り、今度は荒山調教師がしどろもどろとなってしまった。

「ゴール後はうるうるしましたけど、ポロっとは来なかったよな、凌!」

そう弁明すると、泣いていたのは自分だけではないと矢野騎手を巻きこんだ。

「矢野は泣いていましたけどね、間違いなく」

「まあまあ、隠すのに必死でしたが。ゴール後(だけ)ですよ」

「いや、(勝利騎手)インタビューの時に泣いていましたよ。奥さんも息子も娘さんも、パパが泣いているのははじめて見た、と言っていましたから」

「(パパの)様子がおかしい、と言っていたんです」

笑い声が絶えないインタビュー。それはこの後もしばらく続いた。

海外重賞制覇からさらなる高みへ

地方所属馬による海外のグレード競走制覇は、コスモバルクによるシンガポール航空国際カップG1(2006年)に続いて2頭目。ダートの海外グレード競走制覇は初めてのこと。ディクテオンの勝利は、G1レーシングにとっても初の海外重賞制覇となった。今後のことも含めて、担当者はこのように話す。

「最高の結果となり、感無量です。地方所属馬初の海外ダートグレード競走制覇という歴史的快挙をなし遂げ、ディクテオンにとってこの上ない勲章が加わりました。クラブとしても初の海外重賞勝利でうれしい限りです。会員様はもちろん、矢野騎手、荒山調教師を含む厩舎スタッフ、調教を手伝っていただいた藤田凌騎手、牧場スタッフ、SNSやホームページで熱く情報を発信してくださった地方競馬全国協会やTCKの皆さまなど、とにかく感謝を伝えなければならない方々が多すぎます。本馬の遠征をサポートしていただきながら、直接お伝えできなかった方々に対しましても、この場をお借りして御礼申し上げます。誠にありがとうございました。この勝利をステップとして、さらなる高みを目指せればと考えております。11月のJBCクラシック、年末の東京大賞典を選択肢に、状態に応じて次走を検討していくつもりです」

かつてメイセイオペラが、中央GI制覇という壁を突破したものの、海外遠征は夢のままで終わった。主戦だったのが菅原勲調教師だ。地方所属馬が海外に行くことが日常的となり、結果を出し始めた状況をどう思っているか。話を聞いた。

「海外遠征とかできる馬が自分の厩舎から出てくれば、ぜひ行ってみたいよね。遠征しながら馬を強くしていくというのが調教師としても楽しみだと思うから」

時代の違いを嘆くことなく、新たな可能性に期待する。ディクテオンの繋いだバトンは地方競馬に関わる人達のモチベーションを高めるのに一役買っているのは間違いないようだ。だが、それは地方競馬だけの話ではない。表彰式で「おめでとう!」と声をかけてくれたKRAのアナウンサー、ジョー・キムさんからは次のようなメールが届いた。

「韓国馬事会を代表し、遠く日本から私達の国際競走にご参加くださる情熱に心より感謝申し上げます。地方所属馬の参戦は毎回わが国の競走に大きな厚みを加え、競争力を一層高めています。今年初めのユメノホノオの出走も、その一戦がより刺激的なものとなり、韓国の関係者やファンが挑戦心を燃やすきっかけとなりました。今回のディクテオン然り、継続的なご尽力は韓国馬事会にとって大きな励みであり、これまで想像もしなかった水準に私達を引き上げてくださいました。特に地方所属馬は馬場条件が類似していることから、高い適性を示すことを確信しています。中央競馬・地方競馬を問わず、日本で生産された馬は常に極めて優秀かつ緻密に育成されていることに深い敬意を抱いています」

そして、最後に地方競馬と共に国際化が進むことを願ってこのような言葉が記されていた。

「韓国にお越しいただき、共に競馬を盛り上げていただけることを大変光栄に存じます。個人的には、いつの日か韓国馬が日本の地方競馬場で走る姿を見ることが夢であり、その実現を心から願っています」


取材・文・写真森内智也