「Wins it for America!」
これはアメリカ同時多発テロ事件の悲劇に打ちひしがれていた2001年のブリーダーズカップ(BC)クラシックG1で、欧州馬サキーをティズナウがハナ差退けて勝利した時に実況が発した言葉だ。米国において、BCクラシックG1がどれだけプライド高きレースであるかが分かるエピソードだと思う。
そこへ来て、今年のBCクラシックG1は大本命と言われた二冠馬ソヴリンティが回避したとはいえ、ライバルとして3歳世代を牽引してきたジャーナリズムやバエザ、さらには昨年の大舞台でフォーエバーヤングの前に立ちはだかったシエラレオーネ、フィアースネスも顔を揃えていた。いくら米国の記者達に「今回はフォーエバーヤングの番だよ!」と言われても、リップサービスにしか聞こえなかった。しかし、それは後に日本馬を信じられなかった自分を恥じることとなった。
ゲートが開くとハナを切ったのはコントラリーシンキング。シエラレオーネ陣営が準備したラビットだ。事前予想ではかなり飛ばしていく話だったが、800メートル通過は昨年より1秒遅いペース。坂井瑠星騎手のフォーエバーヤングは2番手につけていた。レースが動いたのは向正面。ゆっくりしたペースにしびれを切らしたマインドフレームが先頭を奪いに行くと、それを譲らないフォーエバーヤングをライバル達が追いかける展開となった。しかし、今年のフォーエバーヤングの強さは際立っていた。直線で先に抜け出すと、最後はフィアースネスとシエラレオーネが襲い掛かってきたがこれを退け、日本調教馬として初のBCクラシックG1制覇を成し遂げたのだ。
扉を開いた地方からの海外挑戦
かつて日本調教馬が海外のダート重賞を勝つのは難しいと言われてきた。ところが、ここ数年、好成績を残すようになった。21年のBCディスタフG1をマルシュロレーヌが制したのを皮切りに、23年のドバイワールドカップG1をウシュバテソーロがダート開催としては初勝利。同日に行われるUAEダービーG2は、22年から4年連続で日本調教馬が勝利を収め、20年からはじまったサウジカップデーでも数多くの日本調教馬が結果を残してきた。中でも今年のサウジカップG1で繰り広げられたフォーエバーヤングとロマンチックウォリアーの叩き合いは、歴史に残る名勝負として世界中から賞賛されている。
この流れは中央所属馬だけの話ではない。大井競馬場とサンタアニタ競馬場の友好交流提携の一環として18年から始まった『サンタアニタダービーポイント』を利用して渡米したマンダリンヒーローは、23年のサンタアニタダービーG1でハナ差2着に入り、補欠5番手からケンタッキーダービーG1出走を果たした。
すると、翌24年には2頭の地方所属馬が海外ダート重賞に出走。イグナイター(兵庫)がゴールデンシャヒーンG1で5着、ライトウォーリア(川崎)がコリアカップG3で4着と好走する。さらに、今年のコリアカップG3では、ディクテオン(大井)が地方所属馬として初の海外ダート重賞制覇を成し遂げた。
1995年に中央・地方の交流が一気に広がると、90年代後半には地方所属馬からアブクマポーロ(船橋)やメイセイオペラ(岩手)といったダート戦線でトップを走る馬達が現れた。当然、海外挑戦の話は上がったが、実現するには至らず。その夢を現実のものとしたのが05年のドバイワールドカップG1に挑戦したアジュディミツオー(船橋)だった。だが、ダート路線で同馬に続く馬はなかなか現れなかった。あれから19年という長い歳月が経ち、再び地方所属馬の海外ダート重賞挑戦の扉を開いたのがマンダリンヒーロー。当時のことを管理する藤田輝信調教師は次のように話す。
「海外遠征については、それまでに韓国遠征を2度経験しており、また開業当初には主催者の研修制度を利用してサンタアニタ競馬場で研修を受けたこともありました。ただ、実際に地方所属馬としてアメリカ遠征を行うとなると、身近に相談できる方もおらず、JRAからアメリカ遠征の経験がある関係者の方々にお話を伺いました。まずはブリーダーズカップでマルシュロレーヌ、ラヴズオンリーユーを勝利に導いた矢作芳人調教師、さらにケンタッキーダービー出走経験をお持ちの吉澤克己オーナー、角田晃一調教師、新谷功一調教師にご相談させていただきました。皆様それぞれの立場から、非常に具体的で実践的なアドバイスをくださり、その一つひとつが大きな支えとなりました。特に“チームジャパン”という意識を強く感じたのは、ケンタッキーダービー出走を決意し、チャーチルダウンズ競馬場への準備を進めていた時のことです。すでに現地入りしていた音無秀孝厩舎、矢作芳人厩舎のスタッフの方々が、マンダリンヒーローの馬房を前もって整えてくださっていたのです。その光景を見たときに、中央・地方という垣根はなく、まさに“日本代表チームジャパン”として、皆で力を合わせて世界の大舞台に挑んでいるのだと実感しました」
地方のダートをステップに海外へ
かつてのような中央・地方という垣根がなくなってきていること。それは国内のステップレースの選択肢にも顕著に現れている。かつてドバイワールドカップG1に出走する中央所属馬は、前哨戦にフェブラリーステークスGIを使うことが多かった。今は2月にサウジカップG1が加わったこともあり、東京大賞典GIをステップに向かう陣営が多い。また、『JAPAN ROAD TO THE KENTUCKY DERBY』の対象レースであることも影響しているが、全日本2歳優駿JpnIで結果を残してケンタッキーダービーG1を目標にサウジダービーG3やUAEダービーG2へ向かう馬も増えた。そして、秋に行われる日本テレビ盃JpnIIは、ここ3年でデルマソトガケ、ウシュバテソーロ、フォーエバーヤングらがBCクラシックG1のステップレースとして出走し、米国から取材に訪れるメディアもいるくらいだ。21年前、ダービーグランプリGI(盛岡)をステップにパーソナルラッシュがBCクラシックG1参戦を発表した時には驚きの声が上がったが、今や地方のダートグレード競走をステップに海外に挑戦することは当然の選択肢となっている。その変化についても藤田調教師はこう指摘する。
「今や地方競馬のダートグレードは、日本のダート競馬を支える極めて重要な舞台となっています。地方競馬全国協会をはじめ、各主催者の皆さまが長年にわたって積み上げてこられた努力と環境整備により、中央と地方の垣根は確実に低くなりつつあります。その結果、地方競馬での一戦が、世界の大舞台への挑戦に直結する時代になったと強く感じています」
海外競走出走奨励金や国際競走優勝馬褒賞金など、地方競馬全国協会でも数々のサポート体制を敷くようになり、海外ダート重賞への出走のハードルは確実に低くなってきた。だが、その一方で中央・地方の垣根を越えて、日本のホースマン全員で勝利を勝ち取ろうと努力をし続けてきたことこそが、近年の日本調教馬の活躍の最大の要因なのかもしれない。
フォーエバーヤングに続く活躍馬を
フォーエバーヤングのBCクラシックG1制覇から数時間後、米国のホースマン達とも話をしたが、彼らの言葉の中にもそういった日本のホースマン達への称賛の声が聞かれた。
「フォーエバーヤングが米国で何度も勝利の目前まで迫っていた姿を見てきた者として、ブリーダーズカップ・クラシック優勝はフォーエバーヤングの偉大さを証明するものだと思います。フォーエバーヤングの関係者の皆さんに『おめでとうございます』と伝えたいですね」
そう切り出したのはBCを通算27勝、アメリカ競馬名誉の殿堂入りを果たしているマイク・スミス騎手だ。
「日本馬が世界中でこんなに素晴らしい走りを見せていることに本当に驚いています。これは日本のホースマン達が競馬に対してどれだけの情熱を持ち、成長してきたかを物語っていると思います。そのためには、物凄く努力が必要なのです。間違いなく多くの時間と労力を費やしてきたのでしょう。そして、それがこの結果に結びついているのでしょう」
一方、ブリーダーズカップ協会の広報担当副社長クレア・クロスビーさんはこのように話す。
「ブリーダーズカップ・ワールドチャンピオンシップスの最も重要な側面の一つは国際競走であり、日本のホースマンの方々はブリーダーズカップへの積極的な参加を通じてこれに応えてくれています。2021年のラヴズオンリーユーとマルシュロレーヌの勝利、そして昨年のブリーダーズカップ・クラシックにおけるフォーエバーヤングの3着入線は、日本が今後もトップクラスの競走馬をブリーダーズカップに送り続けることを期待させるものでした」
そして、今年のBCクラシックG1を振り返ってこう続けた。
「今年、フォーエバーヤングは、ブリーダーズカップ史上最高のパフォーマンスの一つを世界中の競馬ファンに届けてくれました。今回のブリーダーズカップ・クラシックでの勝利は、彼が世界最高の競走馬の1頭であるという評価をさらに確固たるものとして、国際舞台における日本調教馬の卓越した実力を改めて示してくれたと思います。オーナーの藤田晋氏、矢作芳人調教師、坂井瑠星騎手の勝利を称えると同時に、今後も日本調教馬が世界のトップクラスのレースでさらなる偉業を追求し続けてくれることを楽しみにしております」
BCクラシックG1で戦ったライバル達が次々と引退を発表している中、フォーエバーヤングは現役続行を発表。来年の世界のダート戦線はフォーエバーヤングを中心にまわることは間違いない。そして、その先にはクレア・クロスビーさんが言うようにフォーエバーヤングに続く日本調教馬の登場を世界中が待ち望んでいる。それは私も同じ気持ちだ。さらに欲を言えば、その1頭に地方所属馬が加わってほしいと願う。そう遠くない未来、その日が来ることを信じている。






