世界の高額賞金レースは、サウジカップG1やドバイワールドカップG1などダート競馬が多い。地方競馬の関係者にとって、海外挑戦は夢物語と思われていた時代もある。アジュディミツオーが2005年、地方所属馬として初めてドバイワールドカップG1に挑戦してから約20年の月日が経つ。23年にマンダリンヒーローがサンタアニタダービーG1で僅差2着に健闘、25年コリアカップG3ではディクテオンがJRA勢や香港馬を差し切り、海外ダートグレード初の優勝を成し遂げた。フォーエバーヤングが、昨年のロンジンワールドベストレースホースランキングでカランダガンに次ぐ2位タイのレーティング128をつけ、ダート馬では首位に。芝のみならず、ダート界も日本の競馬は一気にレベルが上がった。
サウジ挑戦を決めた鎌倉記念圧勝
ホッカイドウ競馬からサウジダービーG3に挑戦したベストグリーンは、全日本2歳優駿JpnIで惜しい3着が評価され、1月に入って招待状が届いた。
「フレッシュチャレンジを勝った時に、海外に行ければいいなと思っていましたが、本気で挑戦を考えたのは鎌倉記念を勝った時です」と、田中淳司調教師は当時を振り返る。
「鎌倉記念は、後に重賞ウィナーが続々と出るほどハイレベルなメンバーでした。自信を持って送り込んだとはいえ、想像以上の好メンバーに半信半疑な面もありましたが、こちらが心配していたのが恥ずかしいぐらいの圧勝に、サウジダービーへ行きたいという思いが強くなりました」
全日本2歳優駿JpnIは、カトレアステークス(11月29日・JRA東京)組の出走がなかったことから、勝利を強く意識した。しかし、追い比べでパイロマンサーとタマモフリージアに先着を許し、まさかの3着。差がなかったとはいえ、3着に敗れたことで、サウジダービーG3の夢は潰えたかに思えただけに、招待状が届いた時は素直に喜びを露わにしていた。
サウジダービーG3の挑戦が叶い、門別競馬場の坂路で負荷を掛けていく。1月10日に単走で3F41.4-1F13.8、1月17日も単走で3F40.7-1F13.1を馬なりでマーク。1月24日は門別での最終追い切りだったが、攻め駆けするメイショウマーブルを3馬身半追い掛け、3F34.2-1F12.1と併入に持ち込んだ。
「ビシッと追った後は気が入りやすい馬なので、検疫に入ってからの調整も注意深く見ていました。最初の頃は物見をしていたものの、環境の変化にすぐ対応し、検疫後も順調に調整できました」(田中調教師)
当初は地方競馬教養センターでの検疫を考えていたが、成田までの輸送を考慮した際、大井・小林牧場に入厩できるなら近距離で済むことから、主催者間の協議で小林牧場に入厩した。最終追い切りは2月1日。全休日ながら真島大輔調教師が最終調整に跨り、小林ダートコースで6F82.6-5F64.8-4F49.0-3F36.7-1F12.3をマークした。道中は「少し速いかなと感じましたが、真島調教師が馬場が良いのでそれほど負荷は掛かっていないと話していたので、満足のいく動きでした。このタイムをマークした後も、気持ちが入ることなく、無事にサウジへ到着しました」(田中調教師)
理想の展開に持ち込むも9着
サウジ到着後は、気温差による体調の変化を心配していたが「寒い中で馬体が絞れるかどうかを心配するぐらいなら、気候が良く、毛ヅヤも素晴らしい状態で調整できましたから、サウジの気候は合っていたと思います。JRAの調教師などから『真冬の北海道から来て、素晴らしい毛ヅヤだね』と凄く褒めていただきました。調子に関しては自信を持って当日を迎えたと思います」(田中調教師)
現地での最終追い切りは坂井瑠星騎手を背に、馬なりの調整。「瑠星くんに気合を入れた方が良いかの判断はお任せしました。良いフットワークでしたし、スパイク鉄にも対応していました」と、万全の態勢でレース当日を迎える。
追い切りまでの段階では、馬場は締まっていてスピード勝負になるのでは……と田中調教師は思っていた。しかし、ハロー掛けをしていく中で思った以上にパワーを要し、差し切る馬もいたほど、想像していた馬場との変化を感じていた。
「外枠を引いたことは、初速が遅い馬なので、前に位置をつけることを考えた時に良いかなと思いましたし、実際3番手の外につけることができたので、理想通りに運べたと思います。ただ、元々ノドが弱い馬で、直線はパッタリ止まってしまい、残念な結果(9着)に終わりました。勝ちを意識していただけに、レース後は正直、残念な気持ちが強かったですね」(田中調教師)
結果次第ではドバイ遠征も考えていたが、レース後のベストグリーンは、かなり疲れを感じていたようで、帰国する判断となった。
所属を越えた協力での海外挑戦
田中淳司厩舎にとって、海外遠征はハッピーグリンによる19年香港のチャンピオンズ&チャターカップG1以来2度目。そのときは芝のレースで、検疫場所を探すのに苦労した上に、出国検疫場所の鍋掛牧場に追い切るための馬場がなかったので、遠征前の追い切りに苦労した。今回はダートながら、北海道は真冬で、門別競馬場では坂路での調整。その点では、小林牧場で出国検疫を行い、開業前に田中淳司厩舎で研修していた真島大輔調教師と坂井英光調教師が尽力したことは、所属の垣根を超えた挑戦でもあった。
「坂井瑠星騎手に依頼する時に坂井英光調教師に頼み、その際に全日本2歳優駿JpnIのレースぶりを見ていて『あの時も勝つ力のあった馬』と最大の評価をしてくれました。真島調教師は、最終追い切りに騎乗するなど様々な面でサポートしていただきました。この場を借りて、大井競馬にも感謝申し上げます。今回は残念な結果となり、応援していただいたファンの皆さんにも申し訳ない気持ちですが、また国内で結果を出し、再び海外挑戦を目指して頑張っていきたいと思います」と、田中調教師は前を向いた。
海外遠征に長けているJRAの森秀行調教師も、ベストグリーンの挑戦には敬意を表していた。「諦めずに挑戦することで、ノウハウをどんどん会得していきます。本当はサウジからドバイまで続いて欲しかった思いはありますが、様々な経験は今後に必ず活きてきます。海外はもちろん、JRAにも地方競馬の関係者はもっとチャレンジして欲しいですよ」と話していた。
この後のベストグリーンは、エイトステーブルで約1週間ほど休養した後、追分ファームリリーヴァレーで鍛え直し、夏の北海道スプリントカップJpnIIIを目標にする。

鎌倉記念での圧勝
全日本2歳優駿は惜しくも3着(中央左)






