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COLUMN 31 2021.11.11
中央馬のプライドと、地方馬の意地がぶつかり合うダートグレード競走
Gchキャスター 岡部玲子

圧倒的1番人気を応援するもよし。それを負かす馬を探すもよし。
競馬の見方は人それぞれ。100円をいかに大きく増やすかをモットーに馬券を楽しんでいる私は、後者の方です(笑)
挑戦者といわれる立場に勝手ながら自分の姿を重ね合わせ、期待と夢を乗せて応援させてもらっています。

私が競馬の仕事に携わることになったのは、今からおよそ20年前。競馬の知識ゼロの無名タレントが、運よく競馬キャスターのオーディションに合格したことがきっかけでした。
「武豊騎手(57)」という表記を見て、当然斤量など知らず「武豊さんて、57歳なんですか?お若く見えますね!」なんて発言をして、場の空気が一瞬凍りついたのを鮮明に覚えています(苦笑)。そんな状態でしたから、とにかく沢山叱られました…。
ことあるごとに同期の優等生と比べられて「悔しい…。」と思うことも多々あったせいか、私はいつしか人気薄の馬が勝利する瞬間や、強豪と言われる馬に立ち向かって行く馬の存在に魅力を感じるようになっていました。

20年ほど前のダートグレード競走は、まだ「中央馬が上位を独占!」なんて場面が多かった頃。そんな中でも地方競馬の経験と底力で、中央競馬の強豪と言われる馬達に果敢に挑んでいく地方馬の姿や、その強豪相手に底力を発揮する馬達からは、パワーと感動をもらってきました。

中でも印象に残っているのはアジュディミツオー。
船橋所属馬としてデビューしてから4連勝で東京ダービーを制し、「逃げ」というその戦法もまた個性的で魅力的でした。2005年には地方所属馬として初めてドバイワールドカップ(G1)に出走(結果6着)して、地方の競馬場で行われるレースでは無敵と言っても過言ではないその活躍ぶり。
しかし、その頃の中央にはアジュディミツオーの1歳下で「砂のディープインパクト」と呼ばれたカネヒキリがいました。
2005年に東京競馬場で行われた武蔵野S(GⅢ)を皮切りに、この2頭の対戦が始まったのですが、武蔵野S、ジャパンカップダート(GⅠ・現チャンピオンズC)、次の年のフェブラリーS(GⅠ)と、中央の競馬場で行われたレースでは、人気も着順もカネヒキリに先を許してしまうアジュディミツオー。
その後、地方競馬の大井で行われた帝王賞(GⅠ)まで1番人気をカネヒキリに譲ってしまったのですが…、この帝王賞で地方馬アジュディミツオーの底力が炸裂!
ついにカネヒキリを負かしたのです!!
直線のデッドヒートは、何度見てもゾクゾクするほどの争い。
アジュディミツオーに関しては「挑戦者」ではなく、間違いなく「主役」でしたが、どうしても中央の競馬場で倒せなかったカネヒキリとの勝負に挑み続け、地方の競馬場で倒すというところから「地方馬の意地」みたいなものを感じたんですよね。
「自分にしっかりとした力を身につけていれば、それを発揮する場所は必ずある」
挫折しそうだった私に、アジュディミツオーがそう教えてくれたように感じました。

中央馬のプライドと、地方馬の意地がぶつかり合うダートグレード競走。
勝手ではありますが、これからもその時々の自分の境遇や気持ちを重ね合わせながら、新たに生まれるドラマを楽しませてもらうんでしょう。
それもまた競馬の楽しみ方の1つだと思っています。

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