SPECIAL COLUMNSダートの高みを目指して

~注目レースを関係者の声から振り返り、新しい「道」へ~

文:井上オークス

VOL.11

岩手の大器フジユージーン
JpnII昇格の不来方賞で強豪を迎え撃つ

フジユージーン(東北優駿)

フジユージーン(東北優駿)

  2022年10月17日、北海道市場で開催されたオータムセールの初日。上場された1歳馬のなかに、大きな黒鹿毛の男馬がいた。新冠の村上牧場が生産した、ゴールデンバローズの初年度産駒。岩手競馬の瀬戸幸一調教師は、その馬を見てちょっと大きすぎるように感じた。
 「だけど歩く姿を見ると、脚の動きが軽かったんです。大型馬特有の、のそっと重い感じではなかった。それで『最初から活躍するのは無理かもしれないけど、そこそこやれるんじゃないか』と思って、オーナーに購入をお願いしました」
 500万円(税別)で落札された男馬は、フジユージーンという名を授けられた。オーナーが静岡で営む富士ファームで育成を受け、2歳の春に水沢競馬場の瀬戸厩舎に入厩。23年6月4日、水沢の850メートルでデビュー。スタートを決めて逃げを打ち、馬なりで後続を突き放した。瀬戸調教師はこう振り返る。
 「最初から活躍するとは思ってもみなかったのに、大差勝ちをしたのでびっくりしました」
 そこから連勝街道を突き進み、“岩手の怪物”と呼ばれるようになったフジユージーンは、大きな期待を背負っている。

-雄大な馬体を支える繊細な蹄

 しかし道のりは平坦なものではなかった。瀬戸調教師は言う。
 「レースを使う度に、いろんなことがありました」
 2歳の11月、南部駒賞(盛岡)では北海道や南関東からの遠征勢を蹴散らして5連勝を飾った。12月の全日本2歳優駿JpnI(川崎)に遠征するプランもあったが、挫跖(蹄底の炎症や内出血)を発症したため自重し、富士ファームで休養することになった。
 明けて24年、3歳初戦は3月の京浜盃JpnII(大井)を予定していたのだが……蹄の状態がかんばしくないため白紙に。陣営は蹄のケアに頭を悩ませた。骨瘤に気を揉んだこともある。
 仕切り直して臨んだ4月のスプリングカップ(水沢)は大差の圧勝。5月のダイヤモンドカップ(盛岡)も快勝して7連勝。このとき、フジユージーンと2着のオオイチョウは、ゴールデンバローズ産駒のワンツーフィニッシュを炸裂させた。
 陣営は6月の東京ダービーJpnI(大井)に狙いを定め、調整を進めていたのだが……。その10日前、馬房で寝違えてしまい歩様が乱れた。万全の態勢で大一番へ臨むことができなくなったため、回避を決断した。
 幸い大事には至らず、東京ダービーJpnIの11日後に行われた東北優駿(水沢)では大差の圧勝劇を演じて8連勝。瀬戸調教師は言う。
 「ダイヤモンドカップのあとはガクっと疲れが出たんですけど、東北優駿のあとはまったく疲れがなく元気一杯だったんです。あまりにも状態がよかったものですから、遠野馬の里で坂路調教をやってみることにしました」

-遠野の坂路でパワーアップ、いざ大舞台へ

 デビュー時の馬体重は526キロで、東北優駿の時は562キロ。「飼い葉を残したことは一度もない」というフジユージーンは、すくすくと成長している。しかし瀬戸調教師は、筋肉の付き方に物足りなさを感じていた。体の前の方の筋肉はすごくよくなったけど、後ろの方にはもっと筋肉がついてほしい――。
 フジユージーンは1カ月ほど坂路調教に励み、7月の末に瀬戸厩舎に帰って来た。瀬戸調教師は馬体を見て、「これは上手くいったかもしれない」と思った。
 「坂路調教の効果なのか、後ろに筋肉がついて一回り大きくなったように感じます。あの馬のいいところは、キャンターのフォームがすごく綺麗なんですよ。最近の調教を見ていると、さらに綺麗になったような印象を受けます」
 瀬戸調教師いわく「すごく素直な性格で、おっとりとした扱いやすい馬」。ただ、たまにスイッチが入って反抗することがあるという。
 馬力がすごそう……。普段調教をつけているのは、瀬戸厩舎所属の菅原辰徳騎手。師匠は弟子の奮闘を慮る。
 「そうとう気を遣って乗っていますし、大変だと思います」
 9月3日、盛岡競馬場で不来方賞JpnIIが行われる。伝統の不来方賞が今年からグレードレースに生まれ変わって、盛岡のダート2000メートルを舞台に中央・地方の3歳馬が覇を争う。フジユージーンは地元岩手の二冠馬として強豪を迎え撃ち、三冠達成を目指す。
 8月23日にはレースで手綱を取る村上忍騎手が騎乗して、併せ馬で追い切りを行った。瀬戸調教師は言う。
 「すごくいいタイムで走ってくれましたし、なかなか調子がよさそうです。そしてレース間隔が空いたのがよかったのか、ウッドチップ(坂路)での調教がよかったのか、蹄の状態がよくなったんです。なんの問題もなくレースへ向かえるのが嬉しいですね。本当に強い馬達と対戦して、どのくらい頑張れるのか。そこは課題だと思っていますが、馬の成長を感じますし、不来方賞を楽しみにしています」
 フジユージーンの父ゴールデンバローズは、一世代だけ産駒を残して種牡馬を引退した。ところがフジユージーンを筆頭に初年度産駒が大活躍。競走馬デビューした7頭のうち4頭が2歳戦で勝ち上がったことを受けて、今年から種牡馬として復活。なんと80頭以上に種付けを行ったという。産駒が父の未来を拓いたのだ。
 禍福はあざなえる縄の如し。東京ダービーJpnI回避は本当に残念だったけれども、陣営があのとき無理をしなかったことが、フジユージーンの未来を拓くのだと思う。不来方賞が待ち遠しい。

写真:いちかんぽ

PROFILE

井上オークス(いのうえ おーくす)

井上オークス
(いのうえ おーくす)

旅打ち競馬ライター。優駿、スポニチ、Number、うまレター、Web Furlong等に寄稿。グリーンチャンネル『地方競馬中継』や『アタック!地方競馬』等に出演。KKベストセラーズより『いま、賭けにゆきます』『馬酔い放浪記』を出版。

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