SPECIAL COLUMNSダートの高みを目指して

~注目レースを関係者の声から振り返り、新しい「道」へ~

文:大恵陽子

VOL.13

昨年覇者と2頭で挑む
JBCスプリント連覇へ

イグナイター(JBCスプリント)

イグナイター(JBCスプリント)

 「JBCスプリントは2頭出しするよ」
 新子雅司調教師は驚きの宣言をした。送り出す管理馬は2年連続NARグランプリ年度代表馬に輝き、地方馬初のJBCスプリントJpnI連覇を狙うイグナイターと、9月1日のサマーチャンピオンJpnIIIで待望のダートグレード初制覇を果たしたアラジンバローズだ。地方競馬にとってダートグレード勝ち馬はスターホースと言っても過言でない貴重な存在。その2頭をダート競馬の祭典に出走させるのは、それぞれにとってこのレースが最適だと考えたからだった。

-JBC連覇を目指し過ごしたイグナイターの1年

 改めて2頭のこれまでの歩みを振り返ろう。
 イグナイターにとってキャリア一大トピックは昨年のJBCスプリントJpnI制覇だろう。「これ以上はできない、というくらい最高の状態だった」というデキと、持ち前の先行力、タフな馬場もこなせるパワーでビッグタイトルを手にした。
 今春はドバイ遠征などを経て、秋初戦は東京盃JpnII。直線ではこれまでのような伸び脚が見られず6着に敗れたが、明確な敗因があった。
 「夏の疲れが残っていたことと、今年は残暑も長引きました。涼しくなったのはレース直前。過ごしやすい気候でもう少し調整期間が取れればよかったですけど、仕上げきれませんでした。枠も外で、上位2頭は内を通った馬たち。大井で4~5頭外を回らされるのはさすがに厳しかったです」
 そうなると、ここからはJBCに向けて上昇一途となるはずだった。
 ところが東京盃JpnIIから数日後、アクシデントが起きた。ふと、馬房で過ごすイグナイターを見ると、目が白くなっている。「あかん、結膜炎や」。走ることとは無関係な部位のトラブルに思えるが、体の一部が炎症を起こしている以上、激しい運動は課せられない。2~3日は馬房から出さず安静にさせ、担当の武田裕次厩務員は寝る間を惜しんで数時間おきに点眼した。
 野田善己オーナーには「このまま治らなければ、JBCは回避します」とまで伝えた。この1年、JRA・フェブラリーステークスGIに遠征しても、中東に渡航しても、大目標はJBCスプリントJpnI連覇に置き続け、選出されたコリアスプリントGIIIさえも悲願達成のために泣く泣く諦めた。すべてはこの一戦にかけていたのに、直前になって回避しなければならないとは。「相当ヘコんだ」と、普段は前向きな新子調教師もショックを受けた。
 しかし、イグナイターの生命力はすごかった。一度引き運動に出してみると、予想以上に元気が良かった。それまでは「病人のようにショボンとしていた」のが、翌朝に様子を見に行くと、さらに良化。胸の片隅で諦めきれずに抱えていた希望がどんどん膨らんでいく。慌てて透明の眼帯を取り寄せると、乗り運動、さらにはコースでの調教とピッチを上げていった。「この馬、やっぱり持ってるわ」と陣営の勝負魂に火が灯り、「いまは通常通り調教できています。あとは100%に持っていくだけ」と胸を張る。
 運動を休んだのはわずか数日だが、陣営にはとても長く感じたことだろう。しかし、レースまで時間のある中で調教を再開でき、今年のJBCにはある理由から自信を持つ。
 「佐賀の1400メートルはすごく合いそうな気がしています。枠はどこでもいけそうだし、内を空けて走る馬場も合いそう。連覇、できると思っています」
 アクシデントを乗り越えての出走なだけに、「勝ったら泣くやろなあ」と師は言うが、これまでずっと「GI/JpnIを勝ったら泣くわ」と宣言していたのに、昨年はレース直後は喜びと驚きに包まれ、涙が頬を伝ったのは表彰式が終わった後だった。さて、勝負の行方を含めどうなるか。

-調教方法を変え強敵に挑むアラジンバローズ

アラジンバローズ(サマーチャンピオン)

アラジンバローズ(サマーチャンピオン)

 さらに今年はもう1本の矢、アラジンバローズもJBCスプリントJpnIに出走する。兵庫移籍時から期待が高く、当時から「ダートグレード制覇を目指す」と師が掲げていた馬だ。というのも、JRAオープンクラスで5着に入った直後の移籍で勢いのある状態。移籍初戦の佐賀・鳥栖大賞を快勝し、年が明けて地元で新春賞も勝つと、佐賀記念JpnIIIが目標に据えられた。ところが調整過程で歩様にわずかな違和感を覚え、無理せず休養に出して立て直されることになった。
 復帰戦となった今年6月のあじさい特別は出遅れた上にスローペースで包まれ、何もできないまま7着に敗れた。
そして、盛岡のマーキュリーカップJpnIIIで転機が訪れる。移籍後初めてコーナー4回の競馬が予想以上にフィットしたのだ。返し馬から元気が良すぎるくらいの同馬にとって課題は折り合いだったが、このコース形態ならペースが遅くなりすぎることはなく、いい位置で掛からずに運べた。最後の直線こそ脚が上がってしまったが、それは2000メートルが長かったのだろう。レース後、下原理騎手は新子調教師にこう伝えた。
 「コーナー4回の競馬の方が合うかもしれません」
 その言葉に師も納得したが、下原騎手にとってちょっとした誤算がこのあと生じる。
 「まずは地元や西日本交流の重賞とかで1400メートルを試してみるのかな、と思っていたら、いきなりダートグレードのサマーチャンピオン。ヤバい、いらんこと言ってしもたかも、と大きな責任を感じました」
 大舞台での勝負に出たことに地元の調教師たちも舌を巻いた。ただ、新子調教師はいたって冷静にその理由を話す。
 「移籍してきた時からダートグレードで勝てるんじゃないか、と思っていた馬やから、そこで勝ってこそ意味があるからね」
 この強気なレース選択がサマーチャンピオンJpnIII制覇を引き寄せたのだった。その後、さらに攻めの姿勢を取り、調教方法も変えた。
 そのきっかけは今春、イグナイターでのドバイ遠征。出国検疫からレース直前までJRA馬たちと過ごす中で、調教で乗る距離がそう長くないことが気になった。園田では1周1051メートルのコースをそれなりのスピードで2~3周走る馬も多い。距離にして2000メートル以上。しかし、たとえばJRA栗東トレセンの坂路なら800メートル、CWコースは向正面に入ってからの1200メートルで追い切り時計を出す。ふと、厩舎開業前の研修で角居勝彦厩舎(当時)を訪れた時のことを思い出した。「なぜこれでレースで3000メートルも走れるんですか?って聞いたら、『無酸素運動をいかにするかだけだから、ダラダラと長く乗っても同じでしょう』と」
 そこで、この夏からハッキングを長めにし、その分、コースでは1周半ほどしか乗らない調教に変えた。すると、調教距離は短縮させたにもかかわらず馬はしっかり汗をかき、負荷がかかっていることを実感できた。イグナイターはすでに結果を残しているため従来通りの調教だが、アラジンバローズはサマーチャンピオンJpnIII後にこの調教に変更。マイルチャンピオンシップ南部杯JpnIでGI馬相手に5着に入り、手応えを得られた。
 だから、JBCスプリントJpnIではサマーチャンピオンJpnIIIから相手が強くなってもどんな走りを見せるか楽しみだし、さらにその先には兵庫ゴールドトロフィーJpnIIIで地元馬初の優勝にも期待を寄せる。
 さらにJBC各競走の選定馬が発表された後、こう話した。
 「JBCクラシックは笹川翼騎手でキリンジも出走することになりました」
 JRA時代にジャパンダートダービーJpnI・2着の実績馬だ。
 「今の時代、小さい馬場で頑張ってる人はあんまりおらんのかもね」と自嘲しながらも、何よりもそれが新子調教師の誇りだった。調教施設は平坦な小回りダートコースだけの園田から、JBCで上位争いが狙える馬を3頭、送り出す。

写真:いちかんぽ

PROFILE

大恵陽子(おおえ ようこ)

大恵陽子
(おおえ ようこ)

競馬リポーター。関西を拠点に、小学5年生から地方競馬とJRAの二刀流。グリーンチャンネル『地方競馬中継』、『アタック!地方競馬』コメンテーター、ラジオNIKKEI『競馬LIVEへGO!』、YouTube『ヨルノヲケイバ』(高知)、『SAGAリベンジャーズ』(佐賀)などに出演中。また、優駿『地方競馬トピックスWEST』、週刊競馬ブック『地方競馬WEST通信』、馬事通信『地方競馬Eye』のほか、netkeiba、うまレター、NumberWebなどでも地方競馬にまつわるインタビューやコラムを執筆。

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