SPECIAL COLUMNSダートの高みを目指して

~注目レースを関係者の声から振り返り、新しい「道」へ~

文:井上オークス

VOL.15

高知の俊英が咲かせる大輪の花
名古屋大賞典に挑むシンメデージー

シンメデージー(西日本3歳優駿)

シンメデージー(西日本3歳優駿)

 ジャパンダートクラシックJpnIの当日。高知の打越勇児調教師は、大井競馬場の出張馬房で愛馬の身支度を整えながらしみじみと思った。(本当にいい馬になったなあ……)
 「シンメデージーの成長を実感して、なんだか嬉しかったんです。ところが装鞍所に入った瞬間に打ち砕かれました。フォーエバーヤングやフジユージーン、サントノーレなどの馬体を見て『凄いなあ、惚れ惚れするなあ』と圧倒されてしまいました」
 岩手の大器フジユージーンの562キロを筆頭に、堂々たる体躯のザ・ダート馬達。対するシンメデージーの馬体重は450キロ。前走時より10キロ増えたが、出走メンバーで最も軽い。ムキムキマッチョに囲まれてパドックを周回するシンメデージーは、いかにも華奢に映った。

-値千金の東京ダービー4着は地方馬最先着

 昨年暮れのデビュー戦から、シンメデージーは連勝街道を突き進んだ。JRA交流競走の足摺盃では砂をかぶるのを嫌がってちっとも進んでいかなかったのに、3コーナーで突然スイッチが入り豪脚を繰り出して1着。重賞の土佐春花賞では3~4コーナーで競り合いに嫌気が差したようにずるずると後退、ところが直線で気を取り直して快勝。粗削りな勝ちっぷりが際立っていた。
 そのまま高知三冠の一冠目・黒潮皐月賞へ進む道もあったが……同じ打越厩舎には、ネクストスター高知や金の鞍賞などを制したプリフロオールインがいる。2頭で併せ馬をすると、プリフロオールインが必ず先着していた。打越調教師は言う。
 「春の時点では『シンメデージーはプリフロに勝てないだろう』と感じていました」
 5月、シンメデージーは園田の西日本クラシックへ遠征。菊水賞馬オーシンロクゼロとの一騎打ちを制し、無傷の6連勝を飾る。手綱を取った兵庫の吉村智洋騎手によると「追えば追うほど伸びるような感触がありました」。初遠征も輸送もクリアして、打越厩舎に他場での重賞初制覇をもたらした。
 この時点で、シンメデージー陣営には2つの選択肢があった。高知優駿に駒を進めて、僚馬プリフロオールインと対戦するのか。それとも大井の東京ダービーJpnIに遠征して、3歳ダート三冠の二冠目に挑むのか。
 2024年6月5日、大井競馬場。東京ダービーJpnIに臨む16頭は、JRA4頭、南関東11頭、高知1頭。シンメデージー陣営は、東京ダービーに挑戦することを選んだ。
 5~6番手の位置取りで流れに乗ったシンメデージーは、直線もへこたれず前の馬を追いかけた。手綱を取った金沢の名手・吉原寛人騎手いわく「夢を見ました」。4着に食い込んで、“地方馬最先着”をつかんだのだ。
 かつての高知競馬は廃止寸前の崖っぷちで、長らく新馬戦が行われていなかった。2歳の新馬戦が復活したのは2015年のこと。それから9世代目で、JRA勢と真っ向勝負を演じるところまでこぎつけた。打越厩舎の努力のたまものであり、高知競馬の逆襲を象徴する出来事だと思う。
 8月に僚馬プリフロオールインが高知三冠を達成。9月にシンメデージーは金沢の西日本3歳優駿を大差勝ちして、再び大一番へ挑むことになった。

-ジャパンダートクラシックも地方馬最先着

 2024年10月2日、大井競馬場。3歳ダート三冠の最終戦、ジャパンダートクラシックJpnI。出走15頭は、JRA7頭、南関東5頭、北海道1頭、岩手1頭、高知1頭。フォーエバーヤングを筆頭に超豪華メンバーが揃った。厩務員時代からダートグレード遠征を重ねてきた打越調教師をして「装鞍所に入った瞬間に打ち砕かれた」と言わしめるほど。
 吉原騎手はパドックで跨ったときにこんなことを感じたという。
 「周りに馬体重が100キロも違う馬ばかりいたので、シンメデージーはびっくりしていました」
 それでもシンメデージーは怯まなかった。後方から脚を伸ばして5着に食い込んだのだ。またしても“地方馬最先着”をもぎ取った。吉原騎手は言う。
 「『できればいい位置を取りたい』と思っていたんですけど、前がやり合う感じになったので、先行争いには参加しないで馬のリズムを優先しました。前に行っても後ろから行っても、しっかり脚を使ってくれる。ホントに頭が下がります。レースセンスというか、そういうポテンシャルの高い馬だと思います。今日のメンバーでいちばん小さい馬でしたが、立派な走りだったと思います」
 打越調教師は言う。
 「東京ダービーの時よりも相手が強くなったので、どこまでやれるかと思っていたのですが、すごくいい脚で伸びて来て興奮しました。5着で悔しいけど嬉しいです」
 11月、シンメデージーは地元の3歳重賞・土佐秋月賞にエントリーした。その日は主戦の吉原騎手が金沢で騎乗。打越調教師は思案の末に、楠昌史オーナーの理解を得て、厩舎所属の妹尾浩一朗騎手に手綱を託した。「『自分にも情があったんだ』と思いました」と言って、打越調教師は笑う。
 妹尾騎手は騎乗が決まってから、緊張のあまり眠れなかったという。しかし蓋を開けてみれば冷静な騎乗で、自身の重賞初制覇をつかんだ。3~4コーナーでもたついたように見えてヒヤッとしたが、振り返れば土佐春花賞での挙動と同じ。遠征ではワクワクさせて、地元ではハラハラさせるタイプなのかもしれない。

-次なる夢はグレード制覇

 シンメデージーは今、名古屋大賞典JpnIIIに向けて調教を進めている。高知で期間限定騎乗中の吉原騎手が調教をつけていて、好感触をつかんでいるらしい。5戦無敗のヤマニンウルスをはじめ、ノットゥルノ、アウトレンジ、ミッキーファイト、ベルピットなど強力メンバーを相手にどんなレースを見せてくれるのだろう。打越調教師は言う。
 「JBCやチャンピオンズカップへの出走も考えました。夢がありますしすごく名誉なことだけど、勝つことまでは想像できなかったんです。それでハンデ戦の名古屋大賞典を選びました」
 シンメデージーの斤量は54キロ。大きなアドバンテージとなる。
 「正直、『ヤマニンウルスが来るのか』と思いましたが、もし今回のメンバーと遜色ない競馬ができたなら、たとえばフェブラリーステークスでも好勝負できる可能性が出てくる。シンメデージーでグレードレースを獲りたいし、獲れる可能性のある馬だと思っています」
 高知デビュー馬として初のグレード制覇を目指して、シンメデージーの挑戦は続く。

写真:NAR

PROFILE

井上オークス(いのうえ おーくす)

井上オークス
(いのうえ おーくす)

旅打ち競馬ライター。優駿、スポニチ、Number、うまレター、Web Furlong等に寄稿。グリーンチャンネル『地方競馬中継』や『アタック!地方競馬』等に出演。KKベストセラーズより『いま、賭けにゆきます』『馬酔い放浪記』を出版。

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