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ハクサンアマゾネス引退に寄せて~加藤和義調教師


重賞25勝の最多勝記録
 無事に牧場へ送り出す

ハクサンアマゾネスが12月1日の中日杯でラストランを迎えた。2020年4月、3歳春に金沢でデビュー。4歳初春のオフシーズンに船橋に移籍して2戦した以外は一貫して金沢・加藤和義厩舎に所属して走り、およそ5年での通算成績は44戦30勝。地元金沢では百万石賞、利家盃を4連覇、園田への遠征では重賞で4戦4勝などタイトルを重ね、重賞は通算25勝。地方競馬における平地競走の重賞最多勝記録を更新。ばんえい競馬でオレノココロが記録した重賞最多勝記録にも並んだ。12月3日には引退式を終え、無事に牧場に送り出したハクサンアマゾネスへの想いを、加藤和義調教師にうかがった。

■「やり切ったという気持ちが強いです」

――12月5日に無事に北海道へ送り出したということですが、今のお気持ちはいかがでしょうか。

加藤和義調教師:肩の荷が下りましたね。ホッとしたというのが一番です。無事に引退をして故郷に帰ったので、最高の形になりました。長い間頑張ってくれたハクサンアマゾネス、オーナーをはじめこの馬に関係してくれた方々、応援してくれたファンの皆さまに心から感謝しています。今まで馬運車に乗るのを嫌がることはあまりなかったのですが、最後に送り出す時はなかなか乗らなかったんです。普段はそういう時、ゲート入りの時のように後ろから追ったりするものですが、名残惜しくて誰一人追うことはしませんでした。しばらく時間が掛かりましたが、「このまま乗らなくてもいいかな」なんて思いながら、ゆっくり時間を掛けて見送ることができました。

――ハクサンアマゾネスは3歳4月のデビューから2カ月で石川ダービーを勝ち、3歳のうちに古馬相手の中日杯を制覇。長きに渡って金沢の女傑として活躍し、重賞25勝を挙げて国内平地重賞最多勝利記録を更新、国内重賞勝利記録もオレノココロ(ばんえい)と並んで1位タイとなりました。本当にすごい馬ですが、初めて会った頃の印象はいかがでしたか?

加藤:最初は育成牧場で見たのですが、バランスのいい走りをする馬だと思いました。とてもいい馬だと感じましたが、ここまで走る馬になるとは想像していなかったです。

――どのあたりで活躍を確信しましたか?

加藤:デビューから4戦目で石川ダービーを勝って、その年の終わりに中日杯を勝ったのですが、当時はまだ全然完成されていない状況で古馬重賞まで勝ってしまったので、来年からは大変だなと。身が引き締まる思いで、結果を出さなければいけないと覚悟しました。3歳で覚悟して、そこから4年間も第一線を走り続けてくれましたから、本当にやり切ったなという気持ちが強いです。

デビューから4連勝で石川ダービー制覇

――ハクサンアマゾネスの強さの秘訣はどのあたりにあるのでしょうか?

加藤:やはり心肺機能でしょう。体は全身バネのような感じでした。あとはレースにいっての精神力。絶対に力を出し切るんです。長い間勝ち続けてくれましたが、実際は体調の波が大きな馬で、周りからは「いつか崩れるだろう」と言われていましたが、下降線の時でもレースに行くと精一杯頑張ってくれました。どんな時も一生懸命走るので、状態がいい時には本当に自信を持っていました。

――印象的なレースを挙げるとしたら、どのレースですか?

加藤:2023年の園田サマークイーン賞です。初めての遠征で、金沢の馬が園田で通用するのかと言われていましたし、勝って当たり前の雰囲気もありました。プレッシャーが強かったのですが、あっさり勝ってくれて、あの時はとても嬉しかったですね。

――6歳の夏に初めての遠征となったレースでしたが、なぜこのタイミングだったのでしょうか?

加藤:先ほども触れましたが、若い頃は体質が弱くて体調を保つことに苦労しました。飼い葉食いが細かったこともありますし、調教でもなかなか負荷を掛けられない状態でしたが、それでも勝ち続けていたんです。他所でどのくらいの走りをするのか、僕自身もずっと見たかったのですが、体調が安定するまでは無理せず地元に専念していました。2023年は春からずっと体調が良く、今ならばと判断しました。

■「最後まで走り切ってくれたことを誇りに思います」

――国内平地重賞最多勝利記録を意識したのはいつ頃ですか?

加藤:重賞記録でいうと、金沢ではジャングルスマイルが11勝、ナムラダイキチが13勝だったので、その数字に並んだ時には「やっとジャングルスマイルに並んだ」「ナムラダイキチに並んだ」、というのが自分の中にはありました。地方競馬全体の記録を意識したのはそこを越えてからですね。16勝した時(2023年利家盃)に吉原騎手と、日本記録ってどのくらいだろうと話をしたのですが、「カツゲキキトキトが20勝している」と聞いた時にはさすがに無理だなと思いました。まだ体調が安定し切れていない時期で、そこからあと4つは難しいだろうと。でも6歳の春から充実期に入って、とんとん拍子で越えてくれました。

国内平地重賞勝利記録を更新した金沢ファンセレクトカップ

――昨年末の移転50周年記念金沢ファンセレクトカップで重賞21勝目を挙げ、国内平地重賞勝利記録を更新。その頃に引退するかもという話がありましたが、あの時はどういう経緯だったのでしょうか?

加藤:そろそろ繁殖にということを考えましたが、発情が来ていなかったので、まだ走れる状態だと判断しました。でも現役続行するかはかなり悩みましたし、もしシーズン途中でももう走れないなと感じたら引退しようと考えていました。結果的に1年続けて良かったですが、自分の中では無事に引退するまではプレッシャーが強かったです。引退レースの中日杯は2着でしたが、勝った馬(マリンデュンデュン・金田一昌厩舎)がいい走りをしたことを称えたいですし、吉原騎手も納得のいく騎乗でハクサンアマゾネスも力を出し切ってくれました。最後まで走り切ってくれたことを誇りに思います。

――12月3日には引退式が行われて、吉原騎手が挨拶で涙を流していましたね。

加藤:あの涙はずるいですよね(笑)。あれでみんな泣いてしまいましたから。吉原騎手にとっても思い入れが強かったと思います。あれだけ忙しく遠征に行っていますけど、ずっと自分で調教していましたから。遠征に行ってもその日に帰れる場所だったら必ず急いで帰って来て、翌朝の調教をしてくれました。吉原騎手や担当の長島厩務員が本当に一生懸命尽くしてくれました。

――長島進一厩務員もとても可愛がっていましたから、お別れは淋しかったのではないでしょうか。

加藤:そうですね。馬のことは大好きな人ですが、普段あまり愛情表現をするタイプではないんですよ。でもハクサンアマゾネスに関しては、何十年も厩務員をしていてお別れの前に唯一写真を撮っていましたね。長年一緒にやってきましたから、長島さんにとっても特別な思いがあるのだと思います。

――ハクサンアマゾネスはどんな性格でしたか?

加藤:牝馬だとピリピリしたりする性格の馬もいますが、おとなしくて本当にかわいい馬です。おとなしすぎて心配になるくらいですね。パドックでの姿を見たことがある方はご存じだと思いますが、普段もあのままです。とても人懐こくて、ムツゴロウさんになった気分でかわいがっていました。

――今後への期待はいかがでしょうか。

加藤:もうとにかくゆっくりして長く生きていてほしい、それだけです。元気な子供を産んでとか、子供を手掛けたいという気持ちよりも、今まで頑張った分ゆっくりしてほしいという気持ちが強いです。

――ハクサンアマゾネスは加藤調教師にとってどんな存在ですか?

加藤:存在……。もうね、本当にかけがえのない存在です。いろいろなことを学ばせてもらいました。状態がもう一つ上がっていないなという時、それでも勝って上がって来た時の馬の目を見た時に、すごい馬だなと。勝って良かったという気持ちと、休ませた方が良かったのではないかとか、いろいろなことを考えましたし勉強になりました。思い出すと泣けてきます……。本当にすごい馬でした。

――では、長年応援してくれたファンの方々へメッセージをお願いいたします。

加藤:本当に長い間ありがとうございましたと伝えたいです。ファンの方々の応援に支えられ、ここまで頑張ることができました。ハクサンアマゾネスは無事に生まれ故郷の牧場へ帰りましたので、また北海道に行った時には会いに行きたいと思っています。その時は写真を撮って加藤厩舎のXにポストしますので、いいねを押してくれたら嬉しいです。

ハクサンアマゾネス引退式

◆吉原寛人騎手編はこちらをご覧ください。

取材赤見千尋

写真石川県競馬事業局、いちかんぽ