2022年第67回有馬記念2022.12.25(日) 中山 芝2500m優勝馬: イクイノックス(JRA)
競馬場はパドックが一番好き。そういったファンの方は結構いらっしゃるのではと思う。馬券を買うファクターのひとつであるとともにレースとはまた違った表情の馬達を見ることができるのも魅力である。「動物園じゃないぞ」というファンの声も時折聞くが、楽しみ方はひとそれぞれでもある。さて、そんなパドックだが有馬記念だけは一種独特の雰囲気があると感じている。国内最高峰のGⅠであり、ファン投票で選出されるレース。当然のようにきっちりと仕上げられ全体の雰囲気、毛ヅヤなど思わず、「えっ!あんな綺麗な馬だったっけ?」と思わされることも多くある。パドックだけでも楽しめる――。決して誇張ではなく、それが有馬記念というレースの凄みであると感じている。
2022年の有馬記念のパドック。中山のパドックはご存知のようにオペラ風になっており、我々記者は上から見下ろす形で見る形が多い。全体の様子が分かる一方で、腹回りや脚元が見づらいという難点がある。ただ、そんな状況でも1頭だけ明らかに毛ヅヤも気配も文句なく映る一頭がいる。イクイノックスだった。隣で見ていた某氏が言う。「いやあイクイノックスは本当によく見えますね。輝いていますよ」。まったくの同感だった。前走の天皇賞秋はパンサラッサの大逃げをただ一頭、捉まえてのGⅠ初勝利。ただ、決して楽な勝ち方には映らず、まして皐月賞を東京スポーツ杯2歳S以来で使ったという馬。天皇賞から2か月開いているとはいえ、疲れや影響はないのかというのが懸念していたところだったが、懸念どころか正直、負けようがないくらいの仕上がりに映った。更に某氏が続ける。「良過ぎるくらいですね。来年これ以上があるのかなと不安になるくらいです」。

レースは凱旋門賞帰りのタイトルホルダーが予想通り逃げの手。これにブレークアップ、ジャスティンパレス、ディープボンドらが続いて淡々とした競馬で推移した。その少し後ろに前年優勝のエフフォーリア。注目のイクイノックスは中団のやや後ろで我慢。珍しく力んでいるような走りにも見え、少し頭を上げるシーンも見られたほどだった。果たしてあの天皇賞で見せたような脚が使えるのか。そのイクイノックスを見る形でジャパンC優勝のヴェラアズール、ジェラルディーナ。後方にボルドグフーシュという位置取りだった。動きがあったのは3、4コーナー中間。イクイノックスが一気に動いて逃げているタイトルホルダー交わすかの勢い。しかし決して無理に脚を使っているわけではなく、鞍上のルメール騎手は手綱を持ったままで直線に入ってすぐに先頭へ。イクイノックスの動きをマークしていたボルドグフーシュが外から進出してイクイノックスを追うが、追い出されてからのイクイノックスの反応と加速力は桁違い。サッと後続を離しての完勝。最終的に2着ボルドグフーシュに2馬身半差をつけ、3着には直線、猛然と追い込んできたジェラルディーナが入った。

イクイノックスは強かった。しかし、パドックで聞いた某氏の話が頭をよぎる。こんなに強くて来年は更に強くなるなんてありえるのか。実際、昨年の優勝馬であるエフフォーリアは4歳になって結果を残せなかった。同じことにならないか。この不安がまったくの杞憂に終わったことは皆さんのご存じの通りである。イクイノックスは2023年初戦のドバイシーマクラシックを楽勝してロンジンワールドベストレースホースランキングで世界トップに立ち、引退までその座を譲らなかった。その間も宝塚記念、天皇賞秋、ジャパンCとGⅠを連勝。クラシック未勝利としては珍しく史上最強との声も上がった。2022年の有馬記念のパドックで見せたイクイノックスの輝きは有馬記念のために仕上げられた姿であると同時に日本競馬史に残る、駿馬の眩い光でもあったのだ。
2008年第54回東京大賞典2008.12.29(月) 大井 ダ2000m優勝馬: カネヒキリ(JRA)
いつの時代もそうだが、夢のようなメンバーが揃ったレースには胸が躍るもの。イクイノックス、リバティアイランド、ドウデュース、タイトルホルダー、パンサラッサなどGⅠホース8頭が集結した今年のジャパンカップがまさにそうであった。それは中央でも、地方でも、芝の上であっても、砂の上であっても同じである。
今から15年前、2008年のダート界の中心にいたのはヴァーミリアン。2007年、史上初となるJBCクラシック、ジャパンカップダート、東京大賞典を3連勝。6歳を迎えた翌年は1月の川崎記念こそ大事を取って出走を取り消したが、2月に東京でフェブラリーSを制覇。海を渡って臨んだドバイワールドカップは着外に沈んでしまったが、その後、英気を養い、休み明け緒戦となったJBCクラシックで優勝。続くジャパンカップダートは主戦の武豊騎手が落馬負傷のため乗り替わりに。結果は大接戦の末、勝ち馬からアタマ+クビ差3着。僅差だが、国内では2年ぶりの敗戦を喫してしまった。戦列に復帰した武豊騎手に手綱が戻る東京大賞典は捲土重来を期す一戦となった。ジャパンカップダートでヴァーミリアンに黒星を付けたのがカネヒキリ。屈腱炎により長期離脱を余儀なくされたが、見事にカムバック。大井競馬場でのレースはアジュディミツオーとの死闘の末、2着に敗れた4歳6月の帝王賞以来。前走のジャパンカップダートに続き、C.ルメール騎手とのコンビで臨む。更にジャパンダートダービーを完勝し、JBCクラシックではヴァーミリアンとクビ差の接戦を演じた3歳馬サクセスブロッケンも参戦。それだけではない。同年の帝王賞を制した地方の雄フリオーソ、東京大賞典を含め、これまでGⅠ/JpnⅠ競走7勝を挙げるブルーコンコルド、前年の帝王賞馬で的場文男騎手とのコンビで人気を博したボンネビルレコードも出走。10頭立てと手頃な頭数となったが、真のダート王を決めるのに相応しいスターホースが暮れの大井競馬場に集結した。

発走直前。日は傾き、既にナイター照明が点灯されていた。競馬場をひんやりとした空気が包み込んでいた。豪華メンバーによるレースのスタートを今か、今かと待つファンたちでスタンドに立っていても身動きを取れないほど。スターターが台上に上がり、ファンファーレが鳴り響く。演奏が終わると同時にドーッと湧き上がった歓声が、そのまま上空に吸い込まれていった。枠入りが完了し、ゲートが開く。勢い良く飛び出して先手を奪ったのは地元大井のブルーホーク。サクセスブロッケンが2番手を進む。ボンネビルレコードは内目の3番手に陣取り、その外にカネヒキリ。これをマークするようにヴァーミリアン。更に後ろに出脚が鈍かったフリオーソ、そしてブルーコンコルドが続く。3コーナー手前でサクセスブロッケンが逃げるブルーホークとの差を詰めにかかり、カネヒキリとヴァーミリアンも手応え良く上昇を開始する。4コーナーを回り切ると滑らかに加速し、サクセスブロッケン、カネヒキリ、ヴァーミリアンの順で直線へ。サクセスブロッケンがブルーホークを捉え、一旦抜け出したものの、カネヒキリ、ヴァーミリアンの勢い、伸びは凄まじく、残り1ハロン標識を過ぎてサクセスブロッケンのリードは壊滅。カネヒキリ、ヴァーミリアンによる叩き合いが続く。外から並びかけようとしたヴァーミリアンをクビ差振り切り、大歓声の響く中、カネヒキリが先頭でゴール板を駆け抜けた。サクセスブロッケンの胸の透くような堂々としたレースぶり、これを全力で捻じ伏せるとデッドヒートを演じたカネヒキリとヴァーミリアン。眼前で繰り広げられた素晴らしいレースにその場にいた誰もが胸を打たれ、気持ちが高まり、入線後も競馬場全体のざわめきが収まらない。その後、ビジョンにはカネヒキリを勝利に導いたC.ルメール騎手が馬上で内田博幸騎手と握手を交わし、笑みがこぼれる様子が映し出される。そして、C.ルメール騎手はクールダウンを終え、近づいてきた武豊騎手に興奮した様子で何かを話しかける。カネヒキリはもともと武豊騎手とコンビを組んでいたように、C.ルメール騎手もまたヴァーミリアンには騎乗経験があった。そんな2人にしか分からない感覚を伝え合ったのかもしれない。

