競馬ブックタイアップ 競馬プレミアムウィークの見どころ特集コラム

Vol. 02

いよいよ始まる競馬プレミアムウィーク。感動の名勝負を振り返ろう!

執筆:競馬ブック 山下健 / 研究ニュース 藤原有貴

 中央競馬であれば毎週末、地方競馬であれば毎日――。慌ただしく過ぎる日々の中で、新たな興奮とドラマに出会えるのが競馬の良さである。ただ、年末年始のビッグレースでしか味わえない感動があるのもまた事実だろう。そこで今回は直近に迫った4つのレースから過去の名勝負、名レースをピックアップ。熱い感情と思い出を胸に実際にレースを迎えていただければ幸いである。

2019年第19回兵庫ゴールドトロフィー2019.12.27(金) 園田 ダ1400m優勝馬:デュープロセス(JRA)

 単勝オッズ2.0倍という圧倒的な支持を集めたのはJRA栗東所属の3歳馬デュープロセス。JRA勢はデュープロセスを含めて4頭が出走し、1~4番人気を独占。5番人気に推された2年前の兵庫ゴールドトロフィー2着馬ラブバレット(岩手)の単勝オッズが16.8倍。戦前、地方馬が勝ち負けするシーンを思い描いたファンは多くなかった。ただ、この日の園田競馬場は時折、強い風が吹き抜け、また晴天にも関わらずパラパラと雨が落ちてくる時間帯も。今思えば不可思議な天候は地方勢が奮起する予兆だったのかもしれない。

 レースが近づき、出走馬がパドックを周回し始める。さすがダートグレード競走。筋肉隆々の馬体を誇示するように力強く周回する馬たちの姿が目を引く。そんな中、ひと際、線が細く映ったのが地元園田のイルティモーネ。ドリームジャーニー産駒でこの日の馬体重は443キロ。500キロを超すJRA所属馬と比較すると、どうしても小さく見えてしまう。イルティモーネは3歳春に兵庫へ移籍してから着実に地力を強化。ただ、ここまで地元の重賞は2着が最高着順。自慢の末脚には一目置くが、6歳にして初めてのダートグレード出走でもあり、単勝8番人気と戦前の評価は低かった。

2019年/兵庫ゴールドトロフィー/パドックでの様子:イルティモーネ

 スタート直後、地元のナチュラリーが主導権を握ったものの、1コーナーに入るあたりでデュープロセスが交わして先頭に立つ。3番人気のテーオーエナジーが2番手に続き、3番人気のノボバカラは中団を進む。向正面に入るとデュープロセスは徐々に後続とのリードを広げながら3コーナーへ。これを目掛けてノボバカラが馬群の外を回して進出。JRA勢同士の決着か。そう誰もが感じた刹那、更にその外を駆け上がってきたのが兵庫のイルティモーネだった。普段なら距離ロスが大きく、決して上手とは言えないコース取りだが、当時、園田競馬場は4コーナーからゴールまでのインコースに砂が補充されていた。内は砂が深くて伸びづらい。その点をしっかりと把握していた地元の下原理騎手だからこそ取れた作戦。これがズバリとハマリ、鞍上の思いに応えるようにイルティモーネは直線に向くと外からグングン伸びて前を走るノボバカラを捉え、デュープロセスを追いかける。その瞬間、場内のボルテージは最高潮に。ひと際、大きくなったスタンドの歓声を間近で浴びながらイルティモーネは脚を伸ばす。2番手を走る高知のサクラレグナムを交わし、デュープロセスに3/4馬身まで迫ったところがゴール。勝利にはあと一歩届かなかった。しかし、低い下馬評を覆し、小さな体を一杯に使って見せた激走は今でも記憶に深く刻まれている。

2019年/兵庫ゴールドトロフィー/レース後の様子:イルティモーネ

 その翌年、イグナイターがデビュー。4歳を迎えた2022年はダートグレード競走を2勝し、兵庫所属馬としては1996年ケイエスヨシゼン以来となるNARグランプリ年度代表馬に選出された。そして今年は見事にJBCスプリントを制し、兵庫所属馬としては史上初のJpnⅠ制覇を成し遂げたのは記憶に新しい。兵庫ゴールドトロフィーは2001年に創設され、昨年までの22回はJRA勢がすべて優勝。その牙城が強固なのは間違いないが、チャレンジを続けてきた地元・兵庫勢が戴冠する瞬間は近い。

2023年/JBCスプリント/優勝馬:イグナイター

2017年第140回中山大障害2017.12.23(土) 中山 芝4100m優勝馬:オジュウチョウサン(JRA)

 当時、障害重賞7連勝中だったオジュウチョウサン。単勝オッズ1.1倍という支持が示すように誰もが圧倒的な勝利を疑わなかった。実際、1年前の中山大障害では2着のアップトゥデイトに9馬身差の圧勝。2017年も中山GJを完勝して剥離骨折明けとなった前走の東京JSも大差勝ちと、まさに敵なしの状況だった。筆者はパドックの最前列で各馬をチェック。同時にファンの会話にも耳を傾けたが内容は「オジュウチョウサンがどういった競馬で勝つか」という一点のみ。希代のスーパースターに熱い視線が注がれていた。単勝6.8倍、2番人気のアップトゥデイトは完全に『過去のチャンピオン』。そんな扱いだった。

2015年/中山グランドジャンプ/飛越の様子:アップトゥデイト(提供:JRA)

 レースは1周目スタンド前でハナを奪ったアップトゥデイトがスピードを上げて後続を離していく。1回目の谷を登って迎えた大竹柵のころには2番手のスズカプレストとの差は15馬身はあろうかというところまで開いていた。レース前から「持久力勝負に持ち込みたい」と語っていたのがアップトゥデイト鞍上の林満明騎手。その言葉通りの大逃げだった。軽快に逃げるアップトゥデイトを視野に入れつつ、オジュウチョウサンもいつもより前のポジション。大竹柵を越えて再び向正面に入るころにはもう2番手。このあたりからさすがにオジュウチョウサンの石神深一騎手も「マズい」と思ったのか、手綱を動かしながらゆっくりと確実にアップトゥデイトとの差を縮めていく。大生垣を越えて再度向正面に入ってからは完全に2頭の世界となったがアップトゥデイトとオジュウチョウサンとの差は10馬身差以上。近くの記者が言う、「これはさすがにオジュウも届かないんじゃないか」。場内からどよめきが起こり始めた4コーナー手前でオジュウチョウサンが一気に加速。その差がみるみる縮まって直線を迎える。「前王者か!現王者か!」の実況が表現したように粘るのか、差すのか。実際に記者席で見ていた感覚からすると勢いは完全にオジュウチョウサンだった。体感的にこれは直線半ばで差し切るだろうと思っていた。が、そこからがアップトゥデイトの真骨頂だった。なかなか差は縮まらず、足どりこそしっかりしているもののオジュウチョウサンの勢いも鈍っている。既に決着がつく前から、ああこれはすごい競馬だ、と直線の短い間に感嘆の感情がよぎった。そして自然と「差せ!」と声が出た。今でも不思議なのだが本当に自然と出たのである。林満明騎手も石神深一騎手も個人的に懇意にしているジョッキーである。どっちが勝っても嬉しい。アップトゥデイトが2015年に中山GJと中山大障害を勝った時も熱い思いを何度も聞いた。林満明騎手はアップトゥデイトを「僕のゴールドシップ」と呼び、「年度代表馬にしたい」とすら言っていた。ただ、何かこのレースだけは、このすごいレースだけはオジュウチョウサンが勝たねば完結しない――。そんな気持ちが「差せ!」という自然発生的な言葉を起こさせたように思う。現実にオジュウチョウサンはアップトゥデイトを差し切り、中山大障害連覇を達成。障害重賞連勝記録を8に伸ばした。林満明騎手は「生まれた時代が悪かった」とコメント。そしてアップトゥデイトは残念ながら、その後、J・GⅠを勝つことなく引退した。

2017年/中山大障害/優勝馬:オジュウチョウサン(提供:JRA)

 王者に対し一矢報いんとアップトゥデイトが大逃げを打ち、それを力でねじ伏せたオジュウチョウサン。とかくオジュウチョウサンの強さばかりが強調されるが後年、石神深一騎手から筆者はアップトゥデイトの話を何度も聞いている。「強い障害馬に乗せてもらう度に、オジュウとの比較をよく聞かれます。でも、やっぱりオジュウは特別ですよ。あんな馬はもう出てこないでしょう。その一方で思うんです。その全盛期だったオジュウと互角に戦っていたアップトゥデイトもとんでもなく強い馬だったんだなって」。

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