騎手インタビュー
インタビュー
INTERVIEW 02
坂井 英光
元騎手
騎手を目指した経緯を教えてください。
坂井:親が名古屋競馬で厩務員をやっていて、体も小さかったですし、物心ついた頃から目指していました。中学卒業のタイミングでJRAを受けたんですけど落ちてしまって、高校に行きながら2回受けたけれどダメでした。2次試験まで行ったこともあったので、「何でダメなんだろう…」とイヤになりそうな時もありましたね。でも「絶対に騎手になりたい!」という気持ちが強かったので、地方競馬教養センターを受けて一発で合格することができました。
2年間は全寮制で騎手になる訓練をするわけですが、辛くなかったですか?
坂井:もう一度戻れと言われたらイヤですけど(笑)、当時は当時で楽しくやっていました。同期とも仲が良かったですし、いろいろなことを一緒に乗り越えたので今でも仲がいいんです。途中で辞めた子もいるけれど、自分の中で騎手を諦めるという選択肢がゼロだったので、乗り切ることができたと思います。
僕らの頃と今とでは環境が変わっていて、教養センターの教育方針も時代に合わせて変化していると聞きました。2年でプロになるわけですから、厳しいことには変わりないですが、日曜日には外出できる自由時間もあるし、一時期、学費は候補生側が負担していましたが、今はまた掛からなくなったそう(食費のみ負担)。競馬界全体で新しい人材を育てたいという機運があると感じますね。
教養センターを受験する時、乗馬未経験の方もいるそうですね。
坂井:騎手課程の募集要項にも書いてありますが、年齢、体重、視力が規定内ならば、乗馬経験の有無は関係ありません。もちろん馬に乗っていてマイナスになることはないし、僕個人の意見を言えば、可能なら馬に乗っておいた方がいいと思います。
ただ、乗馬に通うとなると気軽にできることではないですから、受験のためにはストレッチや腹筋など、ジョッキーとして土台になるようなトレーニングをしておくのがいいかなと思いますね。
所属競馬場や厩舎はどう決まったんですか?
坂井:僕の場合は父親のツテで大井の先生(物井榮調教師)を紹介してもらって所属になりました。今は一般家庭からセンターに入所して、ツテがない候補生も多いそうで、教官が希望を聞いて各競馬場に斡旋してくれるそうです。必ず希望通りの競馬場に所属できるわけではないですが、それぞれの競馬場でメリット・デメリットも違うので、実際に話を聞くことが大事だと思います。
坂井騎手は最も激戦区と言われる大井からデビューしましたが、新人の頃はいかがでしたか?
坂井:僕らの時代は調教すればある程度レースに乗せてもらえましたから、騎乗馬確保で悩むというよりは、「どうすれば上手くなるか」という技術的なことばかり考えていました。技術に関しては正解がない世界なので、今も模索しています。少しずつ成長出来たかなと思う部分もあるけれど、未だにわからない部分も多いですね。
今はデビューしてから即戦力が求められますから、より厳しい時代です。ただ、僕は考え方だと思うんですよ。昔は厩舎に所属して、そこを中心に乗って行く形だったから意外と差がつきづらかった。でも今は自分の工夫次第、頑張り次第で目立つことが出来る。厳しいけれど面白い時代だと思っています。
騎手をしていて楽しいと感じるのはどんな時ですか?
坂井:やっぱり勝った時は嬉しいですね。決められた仕事ではないので、自分の腕一本で勝負できるし、収入は完全歩合制だから夢もありますよね。
収入はどういう形ですか?
坂井:まずレースに出走すると騎乗手当が与えられます。さらに、上位入着すれば賞金の5%が収入になります。他にも開催手当、ナイター手当など、細かい手当がいくつかありますが、レースに騎乗してもらえるお金というのは騎乗数や成績で大きく違ってきます。
地方競馬も今では、競馬場によってはフリー(騎手会所属)にもなれるようになりましたが、デビューするときは厩舎に所属する必要があり、大井の場合は所属厩舎から月15万円の基本給がもらえます。あとは調教料が1頭1日700円。これは大井の場合で、それぞれの競馬場で違うと思います。
どういう人が向いていると思いますか?
坂井:まずは体型ですね。体重を50kg前後でキープすることは絶対条件であり最低条件です(騎手課程応募時は、年齢に応じて44.5kg~47kg以下が条件)。最近の子は背が高くて手足が長いので、体重を落とすのも大変だとは思いますが、馬乗りの面から言うと、ある程度手足が長いというのは有利に働く気もするんですよね。
意外かもしれませんが、運動神経が悪くても、センター時代に馬乗りが下手でも上に行く人はいるんです。こうだから成功する、というのはないのですが、強いて言えば『周りのことを気にしない、人の目を気にしない』という部分かなと。マイナス要素と紙一重ではあるけれど、人に左右されない強さというのはプロ選手として大事な部分ですから。
レースがある日とない日の一日の流れを教えてください。
坂井:僕の場合は大井以外の南関東開催もほぼ乗っている関係で、普段からそれほど朝の調教には乗っていないので、あまり参考にならないかもしれません。若い子たちの例で言うと、朝2時半くらいから8時くらいまで、多い子で15頭くらい乗っています。
これだけ聞くと朝早くて大変と思うかもしれませんが、大井開催ではない場合、仕事は朝で終わりです。あとはゆっくり昼寝もできるし、午後は厩舎に顔を出したり、ジムで体を鍛えたり。それぞれ自由時間という感じですね。
大井開催中は調整ルームに缶詰めになるわけですが、調教が終わったらルームに戻ってゆっくり過ごして、あとは自分が騎乗するレースの発走時間に合わせて逆算して準備していきます。
お休みというのはどんな感じですか?
坂井:調教が完全に休みの日というのは、月に5、6日くらいです。南関東の場合は平日毎日開催していますから、売れっ子になって騎乗数が増えれば増えるほど、休みは少なくなります。ただ、大井は35人くらい騎手がいて、南関東4場でレギュラーで乗っているのは5人くらいなんです。大井開催がない限りは自由な時間は多いですよ。
坂井騎手はご子息の瑠星さんがJRAの騎手として活躍していますが、親の立場から見た騎手という職業はいかがですか?
坂井:一番はケガのリスクですよね。そこは心配な気持ちもあります。どうしても付き物なので、ここはハッキリ伝えるべきだと思っています。ただ、デメリットはそこしかないんですよ。
それに、他のプロスポーツ選手と違ってつぶしが利きますから。例えば野球やサッカーは子供の頃からずっと頑張って来て、ドラフト1位でプロになれたとしても、結果が残せずクビを切られたらほとんど何もないじゃないですか。でも馬乗りは技術職で、馬に乗れるというのはこの世界ではとても重宝されます。例えジョッキーになれなかったとしても、またジョッキーになっても早めに辞めたとしても、競馬場や牧場で調教ができる技術を持っていますから、そこは大きいです。僕自身もそうですけど、ある程度の年齢に達したら調教師試験を受けることも可能ですし、調教師としてまた新たな夢を追いかけることもできますから。
では最後に、これから地方競馬の道へ進もうとしている若者たちに、エールをお願いします。
坂井:僕はとにかく競馬が好きで、JRAも地方競馬も同じ競馬だと思っているし、地方は地方でJRAにはない味があるというか。高級店とは違う、街の居酒屋みたいな良さがあると思います。
年齢を重ねてくると、本気で夢を追い続けることは難しくなってきますが、競馬の世界というのはチャンスがたくさんあります。野球やサッカーは子供の頃から天才と言われるくらいじゃないとプロになるのは難しいけれど、騎手というのはもう少し身近だし、競馬の中にはたくさんのドラマがある。騎手は個人プレイと思われがちですが、みんなで一丸となって1頭の馬を育てて行くチームプレイの面もあるし、周りの人を感動させることもできる素晴らしい職業です。ぜひ多くの若者たちに挑戦して欲しいですね。
インタビュアー:赤見千尋
坂井 英光
- 1975年4月11日生まれ
- 1995年4月初騎乗
- 全日本騎手連盟会長や東京都騎手会会長を歴任
- 2019年11月騎手を引退し調教師に転身
- 大井競馬所属
- 地方通算19,593戦2,028勝(中央207戦8勝)
- 主な勝ち鞍:2012・2015年アフター5スター賞(ジーエスライカー、ジョーメテオ)、2012年東京スプリング盃(フジノウェーブ)、2010年トゥインクルレディー賞(ヒロアンジェロ)、2008年大井記念(コウエイノホシ)など重賞16勝
※データは2019年12月2日現在