女性騎手たちと親交のある、
競馬リポーターの大恵陽子さんが、
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(毎週金曜 更新予定)

COLUMN

Vol.43 「気持ちが伝わってきたよ」そっと見守った夫からの言葉


11月28日のレースをもって別府真衣騎手(高知)が引退しました。

2005年10月にデビューし、センターカノンで初騎乗初勝利を挙げると、2007年にはキャリアハイとなる82勝を挙げて地元リーディング6位の活躍。
廃止の危機に瀕していた高知競馬場の顔として、全国放送のスポーツバラエティ番組やトークイベントに出演したり、同期の森井美香騎手(当時)とは地元メディアに登場するなど、レース以外でも活躍を見せてきました。

引退の理由は、調教師への転身。
今年初めて調教師試験を受験し、合格したことで、12月1日付で宮川真衣調教師として新たな競馬人生を歩みます。
(2018年に宮川実騎手と結婚し、現在は「宮川」姓です)

合格が発表されたのは11月19日で、引退まで残された期間はわずか10日弱でした。

「合格した嬉しさもありましたけど、『もうあと少ししかレースに乗れないんだな』と思ったらすごく寂しくて、複雑でした。毎日、“嬉しい→悲しい→嬉しい”と感情が行ったり来たりループしていました」

引退の前日となる27日にはLJS高知が行なわれ、別府騎手が「デビューした時から憧れの先輩で、神様のような存在」という宮下瞳騎手(愛知)や、「ずっと真衣さんと一緒に乗りたいと思っていた」と慕う関本玲花騎手(岩手)など、女性騎手仲間と別れを惜しみました。

そうして迎えた引退レース当日。

この日は3鞍に騎乗予定でしたが、高知4レースのプランナインが残念ながら出走取消となったため、6レースのシシークラリスと7レースのダノンチャンスの2鞍。

騎乗に先立ち、5レース確定後には引退式が行われました。

その直前、別府騎手は

「思いが溢れすぎて、うまく言葉に表せません。引退式で何て喋ろう……。
引退式を行ってからの2鞍騎乗も、どうやって気持ちを切り替えたらいいんだろう」

と、不安げ。
自分を取り巻く環境が目まぐるしく変わっていくことに、気持ちが追いついていなかったのかもしれません。

それでも、引退式に集まった多くのファンを目の前にすると

「引退が決まってから1週間しかなかったのに、こんなにたくさんの方が駆けつけてくれてビックリしました。ありがたくて、幸せな騎手人生だったなって、この時に感じました」

と幸福感に浸りました。

大型ビジョンにセンターカノンで初騎乗初勝利を挙げ、ロマンタッチでトレノ賞を勝って重賞初制覇を果たした映像が流れると、別府騎手の目には涙が光りました。

そして、ここで勝負師としての切り替えスイッチが入った模様。

「いざ引退式をしたら、気持ちがスーッと軽くなって、吹っ切れました」

たくさんの人に見守られて引退の挨拶をすると、いつもの明るい表情に戻り、残り2戦に騎乗するため、パドックへと夫・宮川騎手と一緒に向かいました。

1鞍目の6レースは8着でゴール。

そして、いよいよ迎えた引退レース。
このレースには同期で、現在は目迫大輔調教師の妻であり厩務員でもある森井美香さんが担当馬のジューンハルジオンを出走させていました。

先に自身の担当馬を馬場に送り出してから、「真衣もいよいよ最後やね」と馬道脇で別府騎手を見守りました。

ところが、レースはその2頭の逃げ争い。

ゲートで、大外の馬がまだ入っていないと思っていた別府騎手がそれを確認している間にスタートが切られ、少し煽って出ましたが、すかさず気合いをつけて先手を取ろうとダッシュをつけます。
そこに外から行く構えを見せたのがジューンハルジオンと塚本雄大騎手。
2頭は競った状態で1~2コーナーを回りましたが

「ここで慌てたらアカンと思って、一旦引き下げて外に出しました」

と別府騎手。

2番手で直線を迎えると
「最後に悔いが残るのは嫌なので、『おりゃー』って感じで声を出しながら、今までの力を全て込めて追いました」

と、ゴール前で1馬身抜け出して、勝利。

「私は下手クソに乗ってしまいましたけど、実力のある馬で、最後は地力で交わしてくれたのでホッとしました」

見事、有終の美を飾りました。

「よかったぁ~」

と安堵と喜びの声を上げて検量室前に戻ってきた別府騎手。

そこに同馬を管理する別府真司調教師が近寄っていき、何やらひと言ふた言、言葉を交わします。

すると、別府騎手とダノンチャンスはコースに引き返してスタンド前へ。

実は、「引退レースを勝ったから、最後にみなさんに挨拶をしてきなさい」という師匠であり父である別府調教師の親心が込められていたのです。

別府騎手もこう話します。

「私もファンのみなさんに挨拶をしたかったんですけど、馬にしんどい競馬をさせてしまったのでそのまま検量室に帰ってきました。
そしたら、『大丈夫だから、行っておいで』と先生が言ってくれて、ファンの皆さんに最後に挨拶ができてよかったです」

スタンドからは「お疲れ様!」「おめでとう!」と、16年間の労いが込められた言葉がかけられ、写真を撮る方も多かったようです。

「なんだか今でも実感がないんですよね。来週もまたレースに乗っていそうな気がします」

下馬すると、ダノンチャンスにぎゅっと抱きついた後、そう話しました。

これからは調教師としてどんな風に歩んでいきたいのでしょうか?

「先生(別府調教師)は県外で活躍できる馬を育てていて尊敬しますし、全国リーディングの打越勇児先生など高知にはすごい先生方がたくさんいるので、そういう方々に色々と教えてもらいながら、強い馬をつくっていきたいです。
早々に達成したい夢は、どんなレースでもいいので、旦那さんと一緒に表彰台に乗りたいです!」

引退レース勝利の口取り写真が取れなかった代わりに、人だけでも記念撮影をしましょう、と別府調教師との記念撮影が提案されると、別府騎手が宮川騎手も呼んで素敵なスリーショットとなりました。

撮影が終わっての帰りぎわ。

「おめでとう。よかったよ。
気持ちが伝わってくるレースやった」

優しく言葉をかけた宮川騎手。

別府騎手の思いをいつも尊重し、調教師試験の勉強中もずっと見守っていてくれたそうです。
騎手時代には不可能だった「二人で表彰台」を近い将来、実現する日を心待ちにしています。

  • 大恵 陽子競馬ファン歴25年 女性競馬リポーター

    グリーンチャンネル「アタック!地方競馬」ウェストアタッカー(ゲスト)、 「地方競馬中継」コメンテーターなど競馬番組出演や、イベント MC、コラム執筆などで活躍中。

  • 大恵 陽子
    競馬ファン歴25年
    女性競馬リポーター

  • グリーンチャンネル「アタック!地方競馬」ウェストアタッカー(ゲスト)、 「地方競馬中継」コメンテーターなど競馬番組出演や、イベント MC、コラム執筆などで活躍中。