SPECIAL COLUMN 合田直弘特別コラム

第2編 DG競走で磨き上げた底力 ブリーダーズカップ制覇までの道程

母ヴィートマルシェは優秀な繫殖牝馬

 2011年の3歳3冠を含めて6つのG1を制した他、2012年・2013年と2年連続でG1凱旋門賞(芝2400m)2着の実績を残したオルフェーヴルの、2世代目の産駒の1頭となるのがマルシュロレーヌだ。
 母ヴィートマルシェは、小島太厩舎からデビュー。2戦目に札幌のダート1000mの未勝利戦で初勝利を挙げたが、これが現役時代にあげた唯一の勝ち星となった。
 マルシュロレーヌは、そのヴィートマルシェの6番仔となる。2番仔のサンブルエミューズ(父ダイワメジャー)は、オープン特別の芙蓉ステークス(芝1600m)含む3勝をあげた他、G3フェアリーステークス(芝1600m)3着などの実績を残し、4番仔のアヴニールマルシェ(父ディープインパクト)は、G1NHKマイルカップ(芝1600m)4着馬だから、繁殖牝馬としてのヴィートマルシェはなかなかに優秀である。
 フランスのオペラ作曲家ルイ・ガンヌの作品に由来するハイカラな馬名から、マルシュロレーヌは欧州血脈の継承者と思われがちだが、背景にあるのは長く日本で育まれてきたファミリーだ。具体的には、祖母が1997年のG1桜花賞(芝1600m)勝ち馬キョウエイマーチで、7代母が1953年の天皇賞・秋(芝3200m)勝ち馬クインナルビー。さらに遡れば、1930年に豪州から輸入されたシュリリーにいたるという、既に1世紀近くにわたって日本に根を張っている牝系の出身なのである。

4歳秋にダート転向、才能はすぐに開花

 2016年2月4日にノーザンファームで生まれたマルシュロレーヌは、キャロットファームの所有馬となり、栗東トレーニングセンターを拠点とする矢作芳人厩舎の一員となった。ちなみにクラブでの募集価格は総額3千万円だった。

生後1年6ヶ月頃のマルシュロレーヌ。その当時からすでに「他馬に前を譲らない勝ち気な面を持ち合わせており、勝負根性を発揮した粘り強いレースぶりを披露するはず」と関係者から評されていた。 ©️キャロットクラブ

生後1年6ヶ月頃のマルシュロレーヌ。その当時からすでに「他馬に前を譲らない勝ち気な面を持ち合わせており、勝負根性を発揮した粘り強いレースぶりを披露するはず」と関係者から評されていた。

 デビューしたのは3歳の2月で、京都の芝1600mの新馬戦で2着となっている。その後も、芝のレースばかり12戦して3勝をあげた後、4歳9月に小倉を舞台とした3勝クラスの特別・桜島ステークス(ダ1700m)でダートに初挑戦。ここを1馬身1/4差で制して4勝目を挙げると、続く大井のJpn2レディスプレリュード(ダ1800m)を制し交流重賞初制覇。勢いに乗って参戦したJpn1JBCレディスクラシック(ダ1800m)でも3着に健闘した。

20年10月レディスプレリュード、一気に加速し外から抜け出し後続に3馬身差の勝利。父オルフェーヴル譲りの高いパフォーマンスを発揮した。 ©️高橋正和

20年10月レディスプレリュード、一気に加速し外から抜け出し後続に3馬身差の勝利。父オルフェーヴル譲りの高いパフォーマンスを発揮した。

 2021年初戦となった大井のJpn3TCK女王盃(ダ1800m)、続く川崎のJpn2エンプレス杯(ダ2100m)を連勝後、中京のG3平安ステークス(ダ1900m)、大井のJpn1帝王賞(ダ2000m)は連敗したが、8月12日に門別で行われたJpn3ブリーダーズゴールドカップ(ダ2000m)を快勝し、4度目の交流重賞制覇を果していた。すなわち、ダートグレード競走で実績を積み重ねてきたのがマルシュロレーヌなのだ。

21年8月ブリーダーズゴールドカップ、楽な手応えのまま勝利する圧巻の競馬を披露。馬産地・北海道の門別で弾みを付け、ダート競馬最高峰のブリーダーズカップへ駒を進めた。 ©️浅野一行

21年8月ブリーダーズゴールドカップ、楽な手応えのまま勝利する圧巻の競馬を披露。馬産地・北海道の門別で弾みを付け、ダート競馬最高峰のブリーダーズカップへ駒を進めた。

 近年は、芝路線だけでなくダート路線における日本馬の力量向上も顕著で、実際に、2021年2月にサウジアラビアのキングアブドゥラジズで行われたリヤドダートスプリント(ダ1200m)で、日本調教馬のコパノキッキング(騸6)とマテラスカイ(牡7)がワンツーフィニッシュを決め、3月にドバイのメイダンで行われたG1ドバイワールドカップ(ダ2000m)で、日本調教馬チュウワウィザード(牡6)が2着に善戦している。

21年リヤドダートスプリントを制したコパノキッキング。2着には同じく日本調教馬のマテラスカイが入った。 ©️Katsumi Saito

21年リヤドダートスプリントを制したコパノキッキング。2着には同じく日本調教馬のマテラスカイが入った。

 マルシュロレーヌの快挙は、日本のダート路線の水準が全体的に底上げされ、ダートグレード競走のレベルが世界基準に達していることを、如実に物語っていると言えよう。

21年ドバイワールドカップにはチュウワウィザードが出走した。惜しくも2着に敗れる結果となったが、ダートで行われた本競走では01年のトゥザヴィクトリー以来の2着だった。 ©️Katsumi Saito

21年ドバイワールドカップにはチュウワウィザードが出走した。惜しくも2着に敗れる結果となったが、ダートで行われた本競走では01年のトゥザヴィクトリー以来の2着だった。

2022年2月7日掲載

合田直弘 Goda Naohiro

合田直弘 Goda Naohiro

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。