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連載第22回 1994年 全日本アラブ大賞典

「アングロアラブ最後の名勝負」
1994年全日本アラブ大賞典 トチノミネフジ

 話は1年前にさかのぼる。93年の全日本アラブ大賞典。単勝1.7倍の1番人気に推された大井のトチノミネフジ、そして5番人気に推された笠松のスズノキャスター。
 川崎のランドアポロと名古屋のヤングアトムオーが先頭、2番手を進み、2馬身ほど離れた3、4番手にトチノミネフジとスズノキャスターが馬体を併せて付ける。トチノミネフジは12戦【11-0-0-1】。1敗は宇都宮在籍最後の黒バラ特別で、アラブ相手の敗戦は、これが生涯唯一であった。一方、スズノキャスターはこの年、主戦安藤勝己騎手が限定免許で遠征には騎乗できず、濱口楠彦騎手が騎乗していた。
 勝負どころの3コーナー。宇都宮のサカノタイムがトチノミネフジに蓋をしたところを見計らって、スズノキャスターが抜け出しを計る。ヤングアトムオーが尽き、ひと呼吸我慢してランドアポロがスズノキャスターと並んだところ、前が開けたトチノミネフジが一気に伸びて、最後はスズノキャスターをも捉え、半馬身の差でゴールした。93年の名勝負のひとつと言われている。
 そして94年の全日本アラブ大賞典。この1年、トチノミネフジは報知グランプリカップでサラを下し、伝説となった隅田川賞では当時南関東トップサラの一角ブルーファミリーをも下し、さらに11着と敗れたがJRAの吾妻小富士賞に出走、また前走の東京盃で、南関東の快速馬サクラハイスピードに3/4馬身差の2着。アラブはおろか、サラブレッドをも含めた南関東の強豪となっていた。
 スズノキャスターもマイル争覇でマルブツセカイオーを破るなど、前年以上の活躍。そして、限定免許明けの主戦安藤勝己騎手を背に再び大井競馬場へと駒を進めた。
 トチノミネフジの主戦早田秀治騎手と、スズノキャスターの主戦安藤勝己騎手は、那須にある地方競馬教養センターの同期。当時の教官にセンター時代の様子を伺う機会があった。教官は「あのふたりは相当悪かったよ」と笑って振り返っていた。もちろん、馬乗りの事ではない。
 トチノミネフジは単勝1.1倍の1番人気。スズノキャスターは4.7倍の2番人気。2600mの長丁場。スタート後どの馬も行く気を見せずトチノミネフジが先頭に。「別にハナに行こうとは思わなかったが、他の馬が行かないのでハナに行った」と当時の早田騎手。無論、スズノキャスターをはじめ、岩手のミスターホンマルも名古屋のヘイセイパウエルも、金沢のウインドヨシツネも目標は打倒トチノミネフジ。自らがハナに立つことは有り得ない。当然レースは最初の1000メートル推定64秒0のスローペースで流れる。
 ヤングアトムオーが鈴を付けに行く、続いてマキシムオージョ、ミスターホンマル、離れてウインドヨシツネ…。スズノキャスターは7番手と、少し距離を取って中団からの追走。レースは淡々と流れ、あっという間に勝負どころを迎える。
 4コーナー。快調に逃げるトチノミネフジ。追走するマキシムオージョ、ミスターホンマルは手応えが怪しい。直線半ばに入るとギリギリまで追い出しを我慢していた安藤勝己騎手とスズノキャスターが猛追開始。2馬身、1馬身…、グングンとトチノミネフジに迫ってくる。再び一騎打ちの様相。差はどんどん詰まり、最後は内外やや離れてゴール。結果はクビ差!、トチノミネフジが2年連続、スズノキャスターとの一騎打ちを制した。
 「道中の手応えは十分だったが、ソラを使うのでその点に気を使った」と早田秀治騎手。「直線で体を併せると勝てないので、離れて追い込んだがダメだった。トチノミネフジは強すぎる」と安藤勝己騎手。かつての悪童は、時を経てファンを魅了する“ジョッキー”となっていた。
 1番人気と2番人気で決着した第40回全日本アラブ大賞典。枠連2-7は190円だった。しかし、この一騎打ちを生で見たどのファンの顔も、満足感に満ち溢れていた。筆者もそのひとりである。
 1996年にJRAがアングロアラブの競走を廃止、全日本アラブ大賞典も、96年の第42回を最後に廃止となった。アングロアラブの結末は、2年連続の激闘を繰り広げた2頭のその後に象徴されている。
 トチノミネフジは総収得賞金2億6550万円で歴代アラブ1位となり、このレースを最後に引退し種牡馬となった。しかし、2年後の96年2月9日、小腸の腫瘍が原因でわずか1世代の産駒だけを残しこの世を去った。その少ない産駒の中から、宇都宮の天馬杯でサラブレッドを破ったイーシーキングが出ている。
 スズノキャスターは翌年の11月、東海菊花賞を取り消したのを最後に引退、繁殖牝馬となった。アングロアラブ3頭、サラ系3頭、計6頭の産駒を残し、2006年以降その消息は不明である。
文●小山内完友(日刊競馬)
写真●いちかんぽ
競走成績
第40回 全日本アラブ大賞典 平成6年(1994年)12月20日
  アラ系4歳 1着賞金3000万円 大井2,600m 曇・良
着順
枠番
馬番
馬名
所属
性齢
重量
騎手
タイム・着差
人気
1 7 12 トチノミネフジ 大井 牡5 56 早田 秀治 2:47:2 1
2 2 2 スズノキャスター 笠松 牝7 53 安藤 勝己 クビ 2
3 1 1 ミスターホンマル 岩手 牡6 56 菅原 勲 6 4
4 4 7 ヘイセイパウエル 名古屋 牡4 54 荒巻 透 5 3
5 2 3 ハグロカブラヤ 大井 牡5 56 張田 京 ハナ 14
6 3 5 レーシングクィーン 大井 牝5 54 佐々木 洋一 3 8
7 6 10 ヤマノジョージ 船橋 牡4 54 石崎 隆之 3 6
8 6 11 マキシムオージョ 名古屋 牝7 53 望月 高司 4 10
9 8 15 ジコウフジ 浦和 牡7 55 細川 勉 ハナ 7
10 7 13 マイリンボー 川崎 牡6 56 白田 日出夫 4 15
11 4 6 ツギタテジャック 大井 牡6 56 郷間 隆 5 12
12 5 8 ウインドヨシツネ 金沢 牡5 56 大瀬戸 豊 1/2 5
13 8 14 ビッグエンペラー 大井 牡6 56 内田 博幸 2 1/2 11
14 3 4 ヤングアトムオー 名古屋 牡7 55 白坂 芳文 5 9
  5 9 カントーケンジ 船橋 牡6 56 鍛炭 幸夫 競走中止 13
払戻金  単勝110円  複勝100円・ 120円・220円  枠連複190円